"13歳の娘だけ、保険証にいなかった" 第3話
戦に結婚した夫・清はへ送られ、終戦しばらく方が分からなかったが、昭22の初めになってひどく体を悪くした状態で復員した。
清とは、それでも緒に暮らし直そうとした。
そのの暮れ、はごもった。
翌、美津子がまれた。
しかし清は娘が数かの頃、戦で悪化させた病気が原因でくなった。は乳み子を抱えたまま働き始めたが、栄養状態も悪く、昭24のに肺炎をこじらせて倒れた。
「くなる、姉さんが私に言ったの」
子の声が震えた。
「この子だけお願い、って」
美津子はしばらく何も言えなかった。
「それで、お母ちゃんが私を連れてきたの?」
「そう」
「お父ちゃんは?」
修が答えた。
「俺も緒に育てるって決めた」
当、修と子は結婚してもなかった。
まだ実の子どもはいなかった。
美津子を引き取ることに迷いがなかったわけではないが、赤ん坊を施設へ預けるという話を聞いた、子が泣きながら「私が育てる」と言った。修も最終には「じゃあ、うちの子にしよう」と決めた。
「だったら、何で戸籍に入れなかったの」
美津子は尋ねた。
修と子は顔を見わせた。
「養子の続きをするつもりだった」
「つもり?」
「度、役にもった」
「じゃあ、何でしなかったの」
子が俯いた。
「できなかったの」
「どうして?」
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「し、事があって」
またそれだった。
はいつも、肝なところになると「事」と言う。
美津子はちがった。
「もういい」
「美津子」
「よくないよ!」
涙がた。
「私だけらなかったんだよ。お父ちゃんもお母ちゃんも、浩も信夫も同じ族だとってたのに、私だけ違うのにいるんでしょ?」
「が違うだけだ」
修が言った。
美津子は振り返った。
「そのに、浩も信夫もいるじゃない!」
修は何も返せなかった。
美津子は自分の部へ入り、障子を閉めた。
その夜から。
彼女は修を「お父ちゃん」と呼べなくなった。
のは目に見えて変わった。
美津子は事のになれば卓袱台には座ったが、両親へ自分から話しかけることはほとんどなくなった。子が「学はどうだった」と尋ねても「普通」、修が「呂が沸いたぞ」と言っても「うん」と返すだけで、それまでので番よくしゃべっていた女が急にいなくなったようだった。
番困ったのは弟たちだった。
「姉ちゃん、これ教えて」
浩が算数の宿題を持ってくると、美津子は以と同じように教えた。しかし途で浩が「やっぱり姉ちゃんはいいな」と笑うと、胸の奥がざわついた。
「姉ちゃんじゃないかもしれないよ」
わず言った。
浩は鉛を置いた。
「何で?」
「本当のきょうだいじゃないから」
「姉ちゃんだよ」
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「血がつながってない」
「らないよ、そんなの」
10歳の浩は目に涙を浮かべた。
「俺、まれたから姉ちゃんいたもん」
その言葉に、美津子は何も返せなかった。
夜になると、両親の部から話し声が聞こえる。
「もう全部話した方がいい」
修の声だった。
「でも、あのことまで言ったら……」
「いつまで隠すんだ」
「隠してるんじゃないわよ」
「同じだろう」
美津子は布団ので息を潜めた。
まだ何かある。
という母親がいた。
父親は清というだった。
ともくなった。
それだけでは終わっていない。
数の曜、子と修は親戚の法事へかけた。浩と信夫も連れてかれ、美津子は「が痛い」と嘘をついてでへ残った。
本当に探すつもりだったわけではない。
最初は。
ただ押し入れから物のをそうとして、奥に見慣れない箱を見つけた。
紐で縛られている。
には「」と鉛でいてあった。
美津子のが止まった。
けてはいけないとった。
でも、13らされなかった自分のことが入っているかもしれない。
美津子は紐をほどいた。
には数枚の写真、黄ばんだ、古い通帳、役所の類がまとめて入っていた。
番の写真には、若い女性が赤ん坊を抱いている。
目元が自分によく似ていた。
「この……」
だと、見ただけで分かった。
そのに、枚の類があった。
《養子縁組届》
美津子は息を止めた。
付は昭24。
自分が藤井へ引き取られてもない頃だ。
養親欄には藤井修、藤井子。
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