"13歳の娘だけ、保険証にいなかった" 第4話
養子欄には野美津子。
すでにほとんど記入されていた。
「やろうとしてたんだ……」
胸の奥がしだけ揺れた。
両親は、本当に自分を養女にしようとしていた。
忘れていたわけではなかった。
ところが。
用の端に赤い文字があった。
《未受理》
その理由を示すように、別のが挟まれていた。
封筒の差は、
《野定雄》
美津子にはらない名だった。
の便箋をく。
最初の数を読んだところで、指先がたくなった。
《美津子は清の娘であり、野に残った唯の子である。藤井の養女にすることには同できない。》
さらに続いていた。
《あの子を藤井姓に変えるなら、清の名義に残されたと預についても、今切権利を主張しない旨をらかにしてもらいたい。》
美津子は何度も読み返した。
自分には。
別のがある。
しかも。
や預まで。
かれている。
その、玄関の戸がく音がした。
予定よりく族が戻ってきた。
美津子は類を戻すこともできず、養子縁組届とをにしたまま部からた。
子が廊にっていた。
娘の元を見た瞬。
顔が変わった。
「美津子……」
美津子は黄ばんだ類を差しした。
「お母ちゃん」
久しぶりに、その呼び方がからた。
しかし声は震えていた。
「これ、何?」
子は答えなかった。
「私を養女にできなかったんじゃなくて、誰かに止められたの?」
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修も玄関から入ってきた。
を見て。
そのでち止まった。
美津子はを交互に見た。
「野定雄って誰?」
そして。
次の言を読んだ。
「私にがあるって、どういうこと?」
修はゆっくり目を閉じた。
12。
誰もにしなかった話を。
とうとう隠せなくなった。
野定雄は、美津子の実父・清の兄だった。
清がくなったあと、野側で最もの親族として続きに関わっていたであり、美津子がのもとから藤井へ移った際にも、役から連絡を受けていた。子と修が正式な養子縁組をしようとした、未成だった美津子の分理に必な話しいで、定雄がく反対したのだという。
「どうして反対したの」
美津子は卓袱台のに座り、類を握ったまま尋ねた。
修はしばらく黙っていた。
「野に、子どもがなかったからだ」
清には兄の定雄がいたが、当定雄にも息子はいなかった。清の娘だった美津子が藤井へ養女に入れば、将来「清の系を継ぐ者がいなくなる」と定雄は考えていた。
「でも私は、あっちので育ってないよ」
「そうだ」
「その、私を引き取ろうとしたの?」
修は答えなかった。
それが答えだった。
「引き取る気はなかったの?」
子がさな声で言った。
「定雄さんのも余裕がなかったのよ。病気のお姑さんもいたし、子どももあとからまれた。
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だから美津子を引き取るのは無理だって」
「でも養子にするのは駄目?」
「そう言われた」
美津子は笑いそうになった。
「何それ」
笑えなかった。
「自分では育てない。でものの子になるのは駄目ってこと?」
修の眉がいた。
「俺も同じことを言った」
昭24。
修は度、定雄のまで話をしにった。
美津子はまだ歳だった。
「俺たちが育てる。病気になったら医者へ連れていく。学にもかせる。それなら正式に娘として届けたい」
そう話した。
定雄は最初、「藤井さんがそこまで言ってくれるならありがたい」とをげた。
しかし養子縁組の話をした途端、態度が変わった。
清にはわずかな田畑の持分と、戦から積みてていた預が残されていた。決してきな財産ではなかったが、清の子である美津子へ将来つながる能性のあるものだった。
定雄は言った。
「藤井の子にするなら、野のものまで持っていくのは筋が違う」
修は激した。
「美津子がどこのの子になるかと、清さんが娘へ残したものは別の話だろう」
は喧嘩になった。
結局、続きは止まった。
「それで諦めたの?」
美津子が尋ねた。
子は首を振った。
「次のにもやったの」
別の方法がないか役へ相談し、親族を交えてもう度話した。だが清の戸籍や相続関係、定雄側との争いが複雑になり、当の修と子には専へ頼むももなかった。
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