"母が残した最後の住所" 第5話
「バカじゃないですか、とも」
わずからた。
沼田は否定しなかった。
「よく似た親子でございました」
蔵から戻る途、沼田はもうつ見せるものがあると言った。祖父の斎から持ってきたのは、黄ばんだ通の封筒だった。
宛名は、
《朝倉誠郎様》
差は、
《真野千鶴》
母だった。
切まで貼られているのに消印がない。
そして封は、度も切られていなかった。
「なぜ祖父がこれを持っているんですか」
「私にも詳しい経緯は分かりません。ただ、9ほどから旦様の机の引きしにございました。先ほど、“に渡せ”と」
俺は封筒をいた。
最初のは、
《お父さんへ》
だった。
母が祖父を「お父さん」と呼ぶ文章を、まれて初めて見た。
《突然ので驚かせるといます。あれから11が経ちました。私は元気です。このをいては捨て、いては捨て、これが11枚目です。》
俺は息を詰めた。
《謝りたくてき始めました。でも、いているうちに、私は謝りたいわけではないと気づきました。私は隆志さんと緒になったことも、このをたことも、度も悔していません。》
続く文章を読む目が、にじんだ。
《貧乏です。おはありません。毎働いているので、は荒れました。でも私は幸せです。隆志さんは今のにくなりました。今は息子とで暮らしています。
広告
といいます。の仕事をしていた隆志さんが、のようにまっすぐ育つようにと名づけました。》
俺は度、便箋を膝へ置いた。
父がくなった。
母は、このをいていた。
さらにには、こう続いていた。
《つだけお願いがあります。もし私に何かあり、この子が本当にになっただけは、どうか守ってください。この子には私しかいません。》
そこまで読んだ。
俺はちがった。
「祖父はこれを読んでないんですか」
「はい」
「9?」
「はい」
理解できなかった。
母がここまでいたを。
祖父は封すらけなかった。
俺はそのまま斎へ向かった。
祖父は机のに座っていた。
「読んでください」
封筒を突きすと、祖父は顔をげた。
「読めん」
「読めるでしょう」
「そうではない」
祖父はさく首を振った。
「読んだら、終わってしまうとった」
俺は何も言えなかった。
「これを読まずに置いておけば、いつか本がここへ来て、直接言うかもしれん。そうっていた」
「9も?」
「……バカな男だ」
祖父自が言った。
「もう母さんは来ません」
俺は封筒を机へ置いた。
「だから、今読んでください」
祖父は震えるで便箋を取った。
《私は幸せです》
そので指が止まった。
《この子を産んだことを悔したことは、度もありません》
祖父のからが落ちた。
拾おうとしてを乗りし、そのまま両を畳へついた。
広告
「千鶴……」
声が潰れていた。
「すまなかった」
それから祖父は。
何度も。
母の名を呼びながら泣いた。
俺は、その姿を見てもすぐには許す気になれなかった。
ただ、つだけ分かった。
母が俺をこの所へ送ったのは。
持ちの祖父を頼れというだけではなかった。
俺が朝倉で暮らし始めるまでには、正式な続きが必だった。14歳の俺には保護者が必で、祖父が庭裁判所へ申してをい、未成見として認められるまでの職員や弁護士が何度も敷へ来た。事故の賠償についても祖父が弁護士へ頼んだが、「のだ。学をるまでは使わない」と言い、俺名義の座へそのまま残した。
俺は母が使っていた階の部で暮らした。毎週曜には沼田が20掃除をしていたらしく、机も本棚も驚くほどきれいだった。代の教科、友と撮った写真、ガラスでできた犬の置物まで、そのまま残っていた。
最初の朝、卓にされた噌汁をんでが止まった。
あのだった。
母が度だけ受け取った箱の噌。
俺が子どもの頃から追い続けた。
「おにいませんでしたか」
女の女性に尋ねられ、「いえ」とだけ答えた。
おいしいと認めることさえ、当の俺には悔しかった。
敷には何か使用がいた。洗濯物は勝に洗われ、呂は何もしなくても沸き、朝起きれば飯が並んでいる。
母と暮らしていた頃は、自分が何もしなければ湯も飯もてこなかったため、逆に落ち着かなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
孫の一言で取り戻した通帳
「ばあばの通帳、ママのバッグにいつも入ってるよ」 年金支給日の朝、6歳の孫が何気なく口にした。 嫁の箸が止まり、黒いバッグから緑色の通帳ケースが覗いていた。 2年前、骨折した私に代わり、毎月4万円だけ下ろす約束で預けたものだった。 「今日は自分で記帳してくるわ」 そう告げると、嫁の顔から血の気が引いた。 近所の信用金庫で、1年8か月ぶりに通帳を開く。 4万円だった出金は、いつしか6万、8万、10万円へ増えていた。 そして今日も、私が朝食を取る前に8万円が引き出されていた。 私は何も問い詰めず、キャッシュカードを停止した。 その日の午後、嫁は青ざめて帰宅した。 さらに翌日、ゴミ箱から落ちたATM明細を広げた瞬間――私はその8万円が生活費ではなかったと悟った。人生逆転|祖父母と孫|嫁姑|第二の人生|金銭問題1.6万字5 207 -
完結第15話
暗証番号0427――元夫が残した24回の送金
離婚の日、朝倉美月は夫の優馬から1枚のカードを渡された。「これで最後だ。暗証番号は0427」――冷たく突き放された美月は、そのカードを3年間使えずにいた。失業し、預金が7300円まで減ったある日、ついにATMへ入れるとエラーが表示され、銀行員から別室へ案内される。そこで知らされたのは、優馬が前年11月9日に亡くなっていたこと。そして口座には、離婚後も毎月27日に9万円ずつ、合計24回の送金が続いていた。残高808万円と古い喫茶店に込められた真意を知った時、美月は、愛情を理由に人生を決められた怒りと向き合いながら、自分自身の答えを選び始める。夫婦|金銭問題|熟年離婚2.0万字5 3010 -
完結第12話
嫁の「逃げて」で暴かれた妻の計画
「お義父さん、今すぐ車を降りてください。絶対に奥さんのところへ戻らないで」 妻との旅行中、ほとんど電話をしてこない嫁から突然そう告げられた。 「食べ物も薬も、絶対に口へ入れないでください」 私は妻が差し出した、水なしで飲める白い錠剤を思い出した。 トイレへ行くふりをして車を降り、観光バスの陰まで必死に走った。 やがて駐車場へ出てきた妻は、笑顔を消し、鋭い目で私を捜し始めた。 嫁の車へ逃げ込むと、一通の誤送信メールを見せられた。 《サービスエリアを過ぎたら薬を飲ませる。お兄ちゃんからそっちに連絡を入れておいて》 その夜、妻が持ってきた私の旅行鞄を開けると、底から見覚えのない書類が出てきた。 山間部にある介護施設のパンフレット。 入所予定者の欄には、私の名前と病歴が記されていた。 《認知機能の低下》《本人に病識なし》《今週末に入所予定》 そして保護者欄には、息子でも妻でもない、私の知らない男の名前が書かれていた。人生逆転|夫婦|真実|裡の顔1.7万字5 1 -
完結第10話
父の料亭を継いだ翌日、板長が全員連れて独立
「料理も作れないあんたじゃ、この料亭も終わりだな」 父の葬儀を終え、私が老舗料亭を継いだ翌朝だった。 板長は12人の従業員を連れ、駅前で独立すると宣言した。 「客も仕入れ先も、全部俺についてくる」 私は引き止めず、「分かりました」とだけ答えた。 13人が去った板場には、包丁一本残っていなかった。 ところが予約帳を調べると、宴会7件に謎の《保留》が記されていた。 新店舗の契約日は、父が倒れる3週間前。 酒屋にはすでに「先代は長くない」と話していたという。 さらに父の金庫から、黒ずんだ一冊のノートが見つかった。 過去に辞めた従業員の名前、その横には何度も同じ文字が残されていた。 《黒田君》 そして父が亡くなる4日前のページには、《黒田誠治 断る。二度目》の一行があった。 その下に書かれた短い文章を読んだ瞬間、私は板長を追わなかった父の本当の意図を知った。人生逆転|金銭問題|修羅場1.5万字5 0 -
完結第11話
義母「家を売って弟の借金を返せ」夫に奪われかけた私の家
「家を売って、弟の1000万円の借金を返しなさい」 義母が要求したのは、私が結婚前に自分のお金で買ったマンションだった。 断ると夫は私の腕をつかみ、口の中が切れるほど強く頬を打った。 「最初から言うことを聞けば、こんなことにはならなかったんだ」 私は空手三段で、避けることも反撃することもできた。 それでも殴り返さず、天井の防犯カメラを見上げた。 そこには夫の暴力だけでなく、義母の言葉まで残っていた。 「正也、言うことを聞かせなさい」 さらに録画を遡ると、2人の小声が聞こえてきた。 「権利書と実印さえ出させれば、あとは進められる」 翌日、義母は合鍵を使って留守宅へ入り、私の金庫を探し始めた。 そして夫が用意した不動産査定依頼書には、義母が家を売れと言い出す4日前の日付が記されていた。嫁姑|夫婦|絶縁|金銭問題1.6万字5 145 -
完結第10話
俺を脅し続けた同級生が、留守中の家で出会った男
「1か月後までに100万円用意しろ。無理なら、その犬がどうなるか分からないぞ」 無職の俺から金を奪い続けるのは、中学時代から俺をいじめていた同級生だった。 両親を亡くし、相談できる相手もいない俺は、言われるまま20万円以上を渡していた。 そんな雨の日、捨て犬を拾ったことで、無愛想な大男・犬塚と少女メイに出会った。 事情を聞いた犬塚は、喧嘩を仕掛ける代わりに一枚の封筒を置いた。 中に入っていたのは、海外企業の求人票と航空券。 「犬を連れて海外へ行け。その代わり、この家の鍵を貸せ」 俺が国外へ移って1か月後、同級生から映像付きの電話が来た。 俺の家に停まっていた高級車は、落書きされ、ミラーまで壊されていた。 『100万円じゃ足りねえ。今度は1000万円用意しろ』 「その車、俺のじゃないよ」 笑っていた同級生の背後から、低い声がした。 「俺の車に、何してくれてんだ?」人生逆転|怒り|修羅場1.5万字5 196 -
完結第12話
失踪した妻を道の駅で見つけた――「来ないで」と怯えた理由
「パパ、あの人……ママじゃない?」 半年前に消息を絶った妻が、山あいの道の駅で宝くじを売っていた。 車椅子に座り、別人のように痩せていた。 娘が「ママ!」と駆け寄ると、妻は青ざめて叫んだ。 「来ないで! 私はあなたたちを知らない!」 だが左手には、私が贈った結婚指輪。 そして手の甲には、見慣れた2つのほくろがあった。 「本当は、ずっと会いたかった」 妻は泣きながら娘を抱きしめた。 その直後、震える声で私に告げた。 「私が帰ったら、あなたと杏奈まで消される」 さらに宝くじ箱を差し出し、底を指さした。 そこには、妻が消息を絶った夜の“声”が残されていた――。 (続)因果応報|人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係1.9万字5 646