"「名前を書くな」公害病の申請を止めた父と、娘の「息がしたいだけ」" 第10話
「病院けよ」
「ってる」
のに。
以のような。
「公害って言うな」
という空気は。
もうなかった。
その。
会社でも。
環境設備に関する点検項目がし増えた。
忠雄が変えたわけではない。
世の全体が変わり。
規制も厳しくなり。
会社も対応せざるを得なくなっていた。
忠雄は。
その流れのの。
ただの作業員だった。
それでも。
異常を見つけた。
以よりはっきり。
「ここは止めた方がいい」
と言えるようになった。
ある夜。
若い作業員が尋ねた。
「井さん、そこまで気にしなくてもはかしてたんですよね」
忠雄は瞬。
昔の自分を見たような気がした。
「にかしてたからって、今も同じでいい理由にはならん」
「でも止めると産遅れますよ」
「ってる」
「じゃあどうするんです」
忠雄は数値計を指した。
「だから判断できるように記録するんだ。止めるなら理由がいる。かすなら、もっと理由がいる」
若い作業員は。
よく分からない顔をした。
忠雄はそれ以。
格好いいことを言わなかった。
へ帰れば。
美紀は相変わらず。
薬をんでいた。
症状が軽いもあれば。
夜に起きるもある。
認定されたから。
町の空が。
翌朝青くなったわけではない。
族が引っ越せたわけでもない。
忠雄の料が。
突然がったわけでもない。
それでも。
以とは。
つだけ。
はっきり違っていた。
広告
苦しい。
美紀は。
「苦しい」
と言うようになった。
そして忠雄は。
「しろ」
とは言わなくなった。
それからいが過ぎた。
川崎の町も変わった。
は残ったが。
煙突から見える煙のも。
をるも。
宅の景も。
美紀が学だった頃とは。
しずつ違うものになった。
忠雄はそのも化成で働き続けた。
結局。
班にはならなかった。
定まで。
現の保全担当だった。
若い頃なら。
それを悔しいとったかもしれない。
けれど50代を過ぎた頃からは。
「俺は械の音を聞いてる方が向いてる」
と笑うようになった。
野寺とは。
定も。
たまに酒をんだ。
とも。
昔ほど。
会社を。
派なものとも。
悪いものとも。
単純には言わなくなっていた。
美紀もになった。
ぜん息が完全になくなったわけではない。
季節の変わり目には。
今でも症状がる。
でも。
自分の体と付きう方法を。
しずつ覚えた。
無理をしない。
薬を忘れない。
苦しいは。
苦しいと言う。
学の頃。
番できなかったことだった。
ある。
忠雄がの理をしている。
古い類の箱がてきた。
美紀も実へ呼ばれ。
母とで。
昔のを理した。
病院の領収。
学の通。
の与細。
子どもたちの成績表。
そのから。
枚のコピーがてきた。
昭49にした。
公害健康被害の認定申請。
広告
は黄ばんでいた。
美紀はわずを止めた。
「まだ持ってたの?」
芳が笑った。
「お父さんが捨てるなって」
「俺か?」
忠雄はとぼけた。
美紀は申請をいた。
自分の名。
《井美紀》
13歳のの字。
そしてその。
保護者署名。
《井忠雄》
父の字。
美紀はそこをしばらく見た。
「お父さん」
「何だ」
「これく、そんなに嫌だった?」
忠雄は笑った。
「嫌というか、怖かったな」
「会社が?」
「全部だよ」
忠雄は子へ座った。
「会社で何言われるか。班の話がなくなるんじゃないか。おが本当に公害の病気だと認められたら、自分の仕事まで否定された気がするんじゃないか。いろいろ考えた」
「今は?」
「今は、いてよかったとってる」
美紀は申請を畳んだ。
「私、お父さんに会社辞めてほしかったわけじゃないんだよ」
「ってる」
「あの頃は、うまく言えなかったけど」
忠雄は娘を見た。
美紀はし笑った。
「私、本当に息がしたかっただけだったんだよね」
忠雄も笑った。
「それを言われた、番困った」
「どうして」
「反論できなかったからだ」
芳が台所から声をげた。
「あなた、それまで何でも反論してたものね」
「昔の話だ」
「今もして変わらないわよ」
で笑った。
しばらくして。
美紀は。
もうつのことを。
いした。
「黒い帳は?」
忠雄の表がし変わった。
「あるよ」
押し入れの奥から。
さな帳をした。
表は擦れ。
角が丸くなっていた。
美紀がをく。
《87 第3集じん設備 送異常》
その。
《止めるべきだったか。》
昔と同じ文字。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年
昭和27年の春。戦争で夫を亡くした三十歳の女性は、八歳の息子を育てるため、自宅の一角に小さなたばこ屋を開いた。初めて売れた一箱のピース。窓の横で宿題をする息子。毎朝やってくる常連客。決して楽な暮らしではなかったが、小さな窓の向こうには、いつも誰かの声があった。やがて息子は成長し、町には自動販売機が増え、馴染みの客も一人、また一人と姿を消していく。そして開店から五十年、彼女は店を閉める決心をする。時代|歴史|昭和|夫婦3.7万字5 102 -
完結第10話
受話器の向こうの春
昭和19年、神戸。幼いころに母と弟妹を亡くし、親戚の家を転々としてきた15歳のハルは、自分の力で生きるため、電話交換手を目指す。厳しい試験と訓練を乗り越え、ようやく手にした仕事。失敗ばかりの日々も、優しい先輩や仲間たちに支えられ、ハルは初めて自分の居場所を見つけていく。受話器の向こうには、家族を思う声、助けを求める声、遠い街で働く仲間の声があった。しかし戦況が悪化するにつれ、つながらない回線が増え始める。戦火が迫る神戸で、少女が守ろうとしたものとは――。時代|歴史|昭和1.5万字5 105 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 358 -
完結第20話
昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由
昭和62年3月31日、国鉄最後の日。森渡駅で三十年以上、鶏めし弁当を売り続けてきた宮原澄江は、最後の一個を売らずに残した。翌日から駅の売場はなくなり、長年守ってきた商売も岐路に立たされる。新しい販売条件、息子が勧める国道沿いの店舗、従業員たちの生活。変わりゆく町で、澄江は初めて自分の仕事と向き合い始める。なぜ彼女は、最後の弁当を売らなかったのか。時代|歴史|昭和2.8万字5 166