"「もう来なくていい」17歳の姉が偽名で働き続けた理由" 第1話
昭29の、阪郊にある亜紡績の女子寄宿舎では、毎朝6半になると廊の端に吊るされたベルが鳴った。寝ぼけた顔の娘たちが斉に布団を畳み、洗面所のへ列を作り、鏡もろくに見ずに髪を結んでいく。堂で麦飯とい噌汁を急いで腹へ入れると、7過ぎには何百もの若い女が同じをくぐり、械音の待つへ吸い込まれていった。
のからてきた瀬美代も、そののだった。17歳になったばかりで、つの妹・澄子と同じに勤め始めて1半になる。父は3、仕事でを滑らせてくなり、故郷には体のい母・初と、学への学を控えた正夫、学の郎が残っていた。
姉妹が阪へてきたのは、働きをに増やすためだった。のは決してくなかったが、寄宿舎で暮らせば賃がかからず、事も最限はる。毎のから必な分だけを残し、残りを故郷へ送れば、母では難しかった弟たちの学用品や薬代をどうにか賄うことができた。
とりわけ美代は、自分のためにを使わない娘だった。の売にしい靴やのきれいな櫛が並んでもを止めるだけで買わず、休に同の娘たちが映画館へくも「混みが苦やねん」と笑って寄宿舎に残った。
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本当は映画が好きで、故郷にいた頃は巡回映画が来るたび、弟たちを連れて公民館へっていたことを澄子はっていた。
「姉ちゃん、たまには自分で使ったらええやん」
ある料の夜、澄子が言った。美代は封筒のを畳のへ並べ、故郷へ送る分を数えていた。
「正夫、来学やろ。制いるし、教科も増えるって母ちゃん言うてたやん」
「それ、私のからもせるよ」
「でしたら、母ちゃんがし楽できる」
美代は当たりのことを言うように笑った。
澄子には、その笑い方が々嫌だった。姉は族のために何かをしても、それをだとは決して言わない。自分まで「姉ちゃんがやってくれるから丈夫」とい始めそうになることが、澄子には怖かった。
になったある、職の掲示板に健康診断の程が貼りされた。胸部のエックス線検査をとした集団検診で、班ごとにを決めて検診へ入ることになっていた。では以から定期にわれていたが、結核という言葉を聞くだけで、寄宿舎の娘たちは自然と声を落とした。
半にも、の先輩女が突然いなくなっていた。何か、「肺を悪くして療養所へ入ったらしい」という噂が広がり、その娘の布団も類も寄宿舎から消えた。本がどうなったのかを詳しくる者はいなかったが、「半は戻れないらしい」
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「いや、かかるって」と話だけがきくなっていた。
「もし引っかかったら嫌やな」
澄子が昼休みに言うと、美代は笑った。
「うちら元気やん。丈夫やって」
「姉ちゃん、最ちょっと痩せてない?」
「仕送り増やしたから、飯減らしてるだけ」
「減らしたらあかんやん」
「冗談や」
そう言って美代は麦茶をんだ。
実際、美代はよく働いた。糸が切れればすぐ気づき、隣の持ちが遅れていればを貸し、班からも「瀬の姉ちゃんはよく気がつく」と言われていた。本も仕事が嫌いではなく、あと数働けば縫製の技術も覚えたいと話していた。
検診の、美代は昼休みにの女たちと列へ並んだ。い検診のでは、名を呼ばれるたびずつへ入り、数分すると反対側からてくる。誰もが平気そうな顔をしていたが、自分の順番がづくと急に数がなくなるのが分かった。
「瀬美代さん」
名を呼ばれ、美代がへ入った。
澄子はしろの列からその背を見送った。数分、美代は何事もなかったようにてきて、胸元をえながら笑った。
「はい、これで」
その夜も、いつもと同じだった。姉妹で堂へき、呂の順番を待ち、寝るに母から届いたを緒に読んだ。正夫が学の説会へったこと、郎が算数で100点を取ったことがかれており、美代は何度も同じところを読み返した。
翌朝。
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