"昭和39年、姉の「元気です」に隠された嘘" 第2話
節子は何度も読み返し、最には「京でもちゃんとやってるよ」と所のにまで話した。
子もした。
の向こうに、姉の暮らしが見えたからだ。
らない京の。
狭い寮。
うるさい。
それでも子がそこにいる。
そううことができた。
ところが翌。
届いたのは封ではなかった。
枚の葉だった。
裏には、たっただけかれていた。
《元気です。配しないでください。》
節子はし拍子抜けしたように眺めたが、すぐ笑った。
「忙しいんだろうね」
子も、そのはそうった。
けれど。
そのが。
それから何かも。
続くことになるとは。
まだ誰もっていなかった。
5の葉には、《元気です。仕事にもし慣れました》とかれていた。6は《元気です。京は暑くなってきました》、7は《元気です。負けしていません》と、どれも裏面の半分すら使っていなかった。最初の3枚の便箋をえば、まるで別がいているようだった。
子はもともとをくのが好きだった。にいた頃には、隣町へ嫁いだ叔母へも何枚もの便箋を送り、弟が学で転んだこと、子と喧嘩したこと、母が漬けた根が今は塩辛かったことまで細かくいた。にが積もればのさを測ってき、飼っていた鶏が逃げれば、そのの夕方まで捕まらなかったとわざわざ報告するような娘だった。
広告
だから子には、姉の変化が自然にえた。
「母ちゃん」
ある晩、節子が洗濯物を畳んでいる横で、子は7の葉を見ながら尋ねた。
「姉ちゃん、本当に元気かな」
「元気っていてるでしょう」
「でも、はもっといっぱいいてたよ」
「仕事してるんだもの。学へってた頃とは違うよ」
節子はそう言ったが、しを止めた。
「朝から晩までなんだから、をくに寝ちゃうんじゃないかね」
子はそれ以言えなかった。
母をにしたくなかった。
それでも葉が届くたび、子は文章より先に表側を見るようになった。所、子の字、切、それから消印。最初はただ何となく眺めていたが、8の葉を見た、初めて違を覚えた。
最初のい葉は、子のがある区からされていた。
次の葉は荒川区。
その次は区。
さらに7は墨田区。
京の理などほとんどらない子にも、全部違う所だということくらいは分かった。
「なんで……」
押し入れの箱にしまってあった過の葉を全部した。
卓袱台のへ並べる。
子からの葉は、その点で6枚。
消印は4か所に分かれていた。
子は鉛と学でもらった図帳を持ってきた。京の詳しい区までは載っていなかったため、翌学の先へ「京の区が分かる図ありますか」
広告
と尋ね、古い図を見せてもらった。
区から荒川区はそれほどくない。
しかし区や墨田区までけば、のすぐくの郵便箱へ入れたとは考えにくい。
胸の奥に嫌な像が浮かんだ。
子はを辞めたのではないか。
何度も職を変えているのではないか。
寮を追いされたのではないか。
もっと悪いことまで考えた。
町では、京へ集団就職した若者についていろいろな噂が流れていた。半で戻ってきた娘がいれば、「がきつくて逃げたらしい」と言われ、別の娘が正に帰ってこなければ「京で男ができたんだろう」と勝な話が作られた。
15歳でらないへた女が、仕事を辞めただけでも「根性がない」と言われた。
子は、姉がそんなふうに噂されるのが嫌だった。
ある夜。
母たちが寝静まったあと、子は姉へをいた。
《子姉ちゃんへ。今どこにいるの?》
そこまでいて、度鉛を止めた。
責めるようなき方にしたくなかった。
《葉の消印が毎回違います。区の次は荒川区で、その次は区でした。にいるなら、どうして違うところからすの?》
《もし仕事を辞めたなら、母ちゃんには私から言ってもいいです。らないといます》
最に、
《本当のことをいてください》
と付け加えた。
返事は2週に届いた。
やはり葉だった。
《子へ。ちゃんと同じで働いています。配しなくていいです。元気です。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年
昭和27年の春。戦争で夫を亡くした三十歳の女性は、八歳の息子を育てるため、自宅の一角に小さなたばこ屋を開いた。初めて売れた一箱のピース。窓の横で宿題をする息子。毎朝やってくる常連客。決して楽な暮らしではなかったが、小さな窓の向こうには、いつも誰かの声があった。やがて息子は成長し、町には自動販売機が増え、馴染みの客も一人、また一人と姿を消していく。そして開店から五十年、彼女は店を閉める決心をする。時代|歴史|昭和|夫婦3.7万字5 102 -
完結第10話
受話器の向こうの春
昭和19年、神戸。幼いころに母と弟妹を亡くし、親戚の家を転々としてきた15歳のハルは、自分の力で生きるため、電話交換手を目指す。厳しい試験と訓練を乗り越え、ようやく手にした仕事。失敗ばかりの日々も、優しい先輩や仲間たちに支えられ、ハルは初めて自分の居場所を見つけていく。受話器の向こうには、家族を思う声、助けを求める声、遠い街で働く仲間の声があった。しかし戦況が悪化するにつれ、つながらない回線が増え始める。戦火が迫る神戸で、少女が守ろうとしたものとは――。時代|歴史|昭和1.5万字5 105 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 358 -
完結第20話
昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由
昭和62年3月31日、国鉄最後の日。森渡駅で三十年以上、鶏めし弁当を売り続けてきた宮原澄江は、最後の一個を売らずに残した。翌日から駅の売場はなくなり、長年守ってきた商売も岐路に立たされる。新しい販売条件、息子が勧める国道沿いの店舗、従業員たちの生活。変わりゆく町で、澄江は初めて自分の仕事と向き合い始める。なぜ彼女は、最後の弁当を売らなかったのか。時代|歴史|昭和2.8万字5 166