"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第2話
へると、所の々が数、端にって待っていてくれました。 「ミノル君、体壊すなよ」 「うちの男も、昨に野へったきりだ。最初は寂しいだろうが、みんな同じだからな、辛抱するんだよ」 々に掛けられる励ましの声。この、この集落から集団就職列に乗って京や京、阪神の業帯へ向かう若者は、ミノルを含めていました。昨まで同じ学の粗末な造舎で肩を並べていた同級たちが、今からはそれぞれのを背負い、別々のへと散っていくのです。
駅までの里余りのは、まだ固く凍りついたに覆われていました。 靴がを踏みしめる「ギュッ、ギュッ」というい軋み音だけが、静かな朝のに響き渡ります。 ミノルは歩きながら、何度も、何度も首を巡らせて振り返りました。 杉のに見えるがの茅葺き根。その煙突から、朝餉の支度を終えた青い煙が、のない空に向かって本の細い糸のようにちっていました。見慣れた柿の、になればび込んで遊んだ神社の裏の川、のみでたわんだ納の庇。まれてから、自分の世界のすべてであったその景が、歩をめるたびにざかっていきます。
やがて辿り着いた駅のホームには、すでにの々や見送りの族が集まり、黒い垣を作っていました。
広告
ペンキの剥げ落ちた古びた造の駅舎、よけの赤い郵便ポスト、寒に揺れる駅名標。そのすべてが、今このを境にして、度と触れることのできない「過の景」へと変わろうとしていました。
く、あいのトンネルの向こうから、鋭く引き裂くような汽笛の音が轟いてきました。 それは毎朝、畑でにしてきたはずの蒸気関の音でした。しかし、この朝にした汽笛は、まるで自分を故郷から引に引き剥がし、未の荒野へと追いやる図のように、恐ろしく、々しく響きました。
「汽が、来たぞ」 誰かが呟きました。 母がミノルのを、キュッとく握りしめました。 「ミノル」 母が呼んだのは、息子の名だけでした。それに続く言葉は喉の奥に閊えててこないようでした。けれど、荒れてひび割れた母の掌のさは、い袋越しにもミノルの皮膚へと焼き付くように伝わってきました。
ドラフト音を轟かせ、吐きす蒸気のい煙でプラットホームを包み込みながら、真っ黒な巨体が滑り込んできます。 ミノルは荷物を握り直し、客のステップにを掛けました。そして、客のデッキに入る直、たった度だけ、振り返りました。
父と、母と、弟と、妹。 のホームに並んでつ族の姿が、もうもうとち込めるい蒸気の向こうに霞んでいました。
広告
普段はを表にさない父が、いつもよりわずかに体を乗りし、を胸のさまで微かに持ちげていました。それが、父の精杯の別れの挨拶でした。
ガタタン、と体がきく軋み、連結器が鈍い鉄の音を響かせました。 窓枠に額を押し当てるようにしてを見つめるミノルの界ので、ちつくす族の姿がゆっくりと方へ流れ始めました。 を振る母。兄の名を呼んでいるのか、をきくけて泣きじゃくる妹。直のまま微だにしない父。 やがて、駅舎の赤い根がさくなり、集落の並みがざかり、面のい景のに溶けて消えていきました。
完全に故郷が見えなくなったとき、ミノルは隣の座席に座っていた見らぬが、窓硝子を見つめたままポツリと呟くのをにしました。
「……俺も、こんな朝が来るとはわんかった」
ミノルは何も言えず、たださく頷きました。互いに名乗りうことすらまだしていませんでしたが、同じ痛み、同じ寒気を胸の底に抱え込んでいることだけは、言葉を交わさずとも痛いほど分かりえていました。
窓のでは、解けのにまみれた見らぬ町や田畑が、激しい速度で方へと流れっていきます。 ミノルは膝のに抱えたの皮の包みを、そっと解きました。
まだほんのりと母の温もりが残るたい米のに、真っ赤な梅干しが、まるでさなの丸のように鮮やかに鎮座していました。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家
継母・良子の死後、養女の明日香に遺されたのは、山奥に建つ資産価値ゼロの古びた一軒家だけだった。一方、実子である高志と絵美子は、都内の高級住宅6軒を相続し、介護を続けてきた明日香を「他人」と嘲笑う。 母に愛されていなかったのか――。傷つきながらも家を片づけに向かった明日香は、不自然に敷き直された畳と、その床下に封印された巨大な金庫を発見する。母が最期に託した銀色のペンダントは、その扉を開くための鍵だった。 金庫の中に残されていたのは、莫大な財産と「愛する娘へ」と記された一通の手紙。そこには、明日香を強欲な実子たちから守るため、良子が密かに進めていた計画が明かされていた。 高級住宅を手に入れ、裕福な暮らしに浮かれる兄姉。しかし、彼らが「財産」だと信じた6軒には、決して逃れられない秘密が隠されていた――。 血のつながりを盾にする家族と、行動によって愛を遺した母。傷ついた養女が母の本心を知り、自分の人生を取り戻していく、遺産と家族をめぐる逆転の物語。人生逆転|真相|親子関係|金銭問題1.8万字5 626 -
完結第11話
元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒
久しぶりに会った娘・香織の頬に痣を見つけた元警察官の父・誠一。夫の話になると目をそらす娘に、父は勤務先の住所だけを尋ね、それ以上追及しなかった。 一か月後、再び夫に突き飛ばされた香織へ、父は一通の封筒を渡す。中にあったのは夫の秘密ではなく、香織が「大したことではない」と消してきた異変を、日付順に記した一枚の紙だった。 繰り返される暴力と謝罪の連鎖を認めた香織は、初めて「今日は帰らない」と自分で決断する。父は夫を裁くことも、離婚を命じることもせず、娘が自ら選べる安全な場所だけを守り続けた。 これは、父の静かな愛に支えられた女性が、自分の恐怖を否定するのをやめ、失っていた人生と平穏を取り戻していく再生の物語。夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 115 -
完結第12話
昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷
昭和41年春。15歳で集団就職のため上京した正一は、一年ぶりに山形の故郷へ帰る。成長した姿を家族に見せようと胸を弾ませていたが、駅に父の姿はなく、母の手紙には「父さんのことは、帰ってから話します」と記されていた。 家へ戻った正一が知ったのは、父の大怪我と、毎月送っていた仕送りが自分名義で貯金されていた事実。そして、弟・健二が進学を諦め、兄と同じ集団就職の道を選ぼうとしていることだった。 自分が働いた一年を否定せず、それでも弟には自分で人生を選んでほしい。正一の訴えをきっかけに、家族は一人へ負担を押しつけるのではなく、それぞれが支え合う道を探し始める。 故郷と東京、二つの居場所の間で少年が見つけたのは、離れることと失うことは同じではないという答えだった。集団就職の少年と家族の再出発を描く、昭和の成長物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 19 -
完結第12話
十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで
昭和の初め、貧しい山村で育った14歳の正一は、進学を望みながらも、父に決められた料理屋へ住み込み奉公に出される。最初に渡されたのは包丁ではなく、一枚の雑巾だった。 厳しい親方のもとで失敗を重ね、何度も帰郷を考えた正一。しかし、一本の古い包丁と、客からもらった「うまい」の一言が、少年の人生を変えていく。家の事情で始まった奉公は、やがて自ら選び直した料理人への道となった。 戦争、結婚、独立、店の経営、弟子との出会い。そして息子が14歳になった時、正一は自分が奪われた「人生を選ぶ権利」を、息子へ渡す決断をする。 始まりは選べなくても、途中から道は選び直せる。一本の包丁とともに昭和を生きた料理人の、長い人生を描く物語。時代|歴史|昭和1.8万字5 49 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 3151 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 47