"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第6話
に入ると、あちこちの引き戸の奥から「ガシャン、ガシャン」「キーン」という属を切削するけたたましい音が響いてきました。 これから自分がび込む世界の音が、容赦なく鼓膜を揺さぶり始めていました。
協精製作所は、の奥にある従業員ほどのさな町でした。 トラックをりたミノルを迎えたのは、烈な切削油の油臭と、せられた鉄の焼ける匂いでした。 平のスレート葺きの建のには、数台の汎用旋盤やボール盤、フライス盤が狭隘な敷に所狭しと並べられ、をる何本ものベルトとモーターが唸りをげて回転していました。
「今から入る、朝倉ミノル君だ。から来てくれた。みんな、よろしく頼むぞ」 田主任が作業のを止めた員たちに紹介してくれました。 旋盤の油にまみれた作業を着た先輩員たちが、チラリとミノルを見遣りました。代のベテランから、ミノルよりつつに見える若い員まで様々でした。 「ちっこいな。ちゃんと飯ってきたのか?」 「訛りが抜けるまで、言葉が通じるかどうかだな」 やかし半分、けれど底の悪さはない笑い声ががりました。彼らのにも、数に同じように野駅にりった方者が何もいたのです。
広告
ミノルに最初に与えられた仕事は、技術の習得などではありませんでした。 のコンクリートにこびりついた油汚れをウエスで拭き取り、旋盤の元にのように積もる属の削り屑――「キリコ」を箒で掃き集める雑用でした。 キリコは、鋭利な刃物のように尖っており、素で触れば簡単にの平を切り裂いてしまいます。の軍をにはめ、腰をかがめてチリトリで斗缶へと回収していく作業が、朝から晩まで続きました。
「おい、ミノル! そこ、まだ油が残ってるぞ! を滑らせて旋盤に巻き込まれたら、腕が本吹きぶんだぞ!」 しでも拭き残しがあると、先輩の声がんできました。 学の教のように、優しく言い聞かせてくれる先はいません。現でのミスは、即座に怪や指の切断に直結する世界でした。 「す、すみません!」 ミノルはをげ、たいに膝をついて、必に雑巾をかしました。 夜、寮の布団に入ると、腰の激痛と、鳴られた記憶が胸に蘇り、悔しさとけなさで涙が滲むことも度や度ではありませんでした。
けれど、ミノルは休まずに働き続けました。 百姓の息子として、幼い頃からむしりや薪割りを仕込まれてきた体には、黙々と単調な労働に耐える粘りさだけは染み付いていました。
広告
朝は誰よりもくにき、の戸をけ、すべての械の注油に油を差し、作業台を磨きげました。 夕方、員たちが作業を終えたは、散らばったスパナやノギス、マイクロメーターをつひとつ元の棚へと戻し、番号順に並べ直しました。
かが過ぎた頃、変化が訪れました。 であり、会社の社でもある老職の佐藤が、掃除を終えて油まみれのを洗っていたミノルのろに、音もなくっていました。 「ミノル。ちょっとこっちへ来い」 連れてかれたのは、の番隅にある、型の卓ボール盤のでした。 佐藤社は無言のまま、万力に本の真鍮の丸棒を固定し、レバーを引きげて、正確にへ穴をけてみせました。キュルキュルと澄んだ音をてて、黄のキリコが美しくちります。 「やってみろ」 渡されたレバーのたさに、ミノルのが微かに震えました。 「力を込めるな。刃先の声を聞け。鉄が削りたがっている速さで、ゆっくりろすんだ」
ミノルは教えられた通り、息を殺し、指先の覚だけに神経を研ぎ澄ませてレバーを押しげました。 属が擦れう触が、鉄の棒を通じての平に直接伝わってきます。 シュルシュルと細い削り屑が弧を描いて散り、丸棒の芯に、綺麗な円形の穴が穿たれました。
佐藤社は取りした部品をノギスで測り、度だけ、満そうにを鳴らしました。 「……筋がいい。から、この穴あけはおの仕事だ」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
腎臓をあげた私に離婚届――夫の隣には若い女
三歳の娘を育てる裕子は、重い腎臓病になった夫・英司を救うため、自分の腎臓を一つ提供した。ところが手術後、体調を崩した裕子を待っていたのは、夫からの暴言と冷たい仕打ちだった。やがて英司は、若い女との新生活を理由に離婚届を突きつけ、娘まで奪おうとする。そんな裕子の味方になったのは、意外にも義母だった。命を救ってくれた妻を平然と捨てようとする夫。すべてを失いかけた裕子は、娘と自分の人生を守るため、反撃を決意する。夫婦|真実|裏の顔|真相|第二の人生1.4万字5 108 -
完結第12話
新婚旅行に便乗する義母を空港に残した結果
新婚旅行で大阪へ向かうみちると健二。ところが、何かと二人の予定に入りたがる義母・恵子が「私の航空券も買って!」と空港から電話をかけてきた。何度断っても諦めない義母を避け、二人は夜行バスで出発。これで夫婦水入らずの旅行になるはずだった。しかし恵子は、二人の荷物に目をつけ、とんでもない方法で後を追おうとする。さらに健二の友人・圭司の借金騒動まで絡み、大阪では思いもよらない珍事件が発生。暴走する義母と、それに振り回される人々のドタバタコメディ。嫁姑|夫婦|真相1.3万字5 144 -
完結第16話
午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに
神堂グループを率いる美桜のもとに、午前3時、警察から奇妙な電話が入る。「ご主人を迎えに来てください」。しかし、美桜は一度も結婚したことがなかった。保護された男性が持っていたのは、5年前の爆発事故で亡くなったはずの婚約者・一条蓮との婚姻届の控え。半信半疑で警察署へ駆けつけた美桜は、信じられない光景を目にする。空白の5年間に何があったのか。そして、なぜ今になって彼が現れたのか。かつての事故をめぐる疑惑と、身近な人物の隠された思惑が、少しずつ明らかになっていく。夫婦|裏の顔|真相2.7万字5 216 -
完結第18話
喫茶ひばりの百円玉
昭和54年。商店街で二十年続く「喫茶ひばり」に、店主の律子は流行のテーブル型ゲーム機を四台置いた。百円玉が次々と入り、売上は急増。ところが、毎日のように通っていた常連客が、一人また一人と姿を消していく。子どもの遊びすぎに怒る保護者、ゲームを目の敵にする商店街会長、すっかりゲームに夢中の夫。店を守るための決断が、思わぬ騒ぎを引き起こしてしまう。しかも、ゲームを厳しく批判する会長には、誰にも知られたくない秘密があって……。昭和のゲームブームに揺れる、小さな喫茶店の人情喜劇。時代|歴史|昭和2.7万字5 71 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 113 -
完結第12話
五歳の母ちゃん
両親を事故で亡くしたシンジは、五歳の妹・楓を育てながら、昼も夜も働いていた。そんなある日、楓が「母ちゃんが来た」と言って連れてきたのは、同じ保育園に通う五歳の少女・リサだった。ところが彼女は、家族しか知らない昔の出来事を次々に話し、シンジを息子のように気遣う。信じられない再会に戸惑いながらも、兄妹は少しずつ彼女に心を開いていく。しかし、リサ自身の記憶が薄れていくという異変が起こり始める。もう一度母に会いたかった兄妹が、大切なものを守るために選ぶ道とは。兄弟姉妹|真実|真相|第二の人生1.2万字5 75 -
完結第10話
出産3日目、1億円の入金直後に夫が離婚届
娘を出産してわずか三日。病室で体を休めていた立花玲奈の口座に、父から譲り受けた株式の特別配当金、一億円が振り込まれた。その直後、見舞いに来た夫・直樹が突然離婚届を差し出す。しかも、財産分与として五千万円を要求し、自分の会社への融資継続まで求めてきた。夫の本性を知った玲奈は、追加融資と家族カードを止め、離婚に向けた準備を始める。ところが、カードの利用明細を調べると、身に覚えのない高級ホテルや宝飾店への支払いが次々と見つかり……。夫婦|真相|親子関係1.8万字5 150 -
完結第14話
昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女
昭和35年、京都・丹後の貧しい農家に生まれた15歳の文代は、家族の暮らしを助けるため、高校進学を諦めて祇園の置屋へ奉公に出る。美しい舞妓への憧れを胸に飛び込んだ世界で待っていたのは、早朝からの雑用、厳しい言葉遣いの指導、足に血がにじむほどの芸の稽古だった。先輩芸妓に助けられながら修行を重ね、やがて「市春」という名を授かった文代。しかし、初めてのお座敷で目にしたのは、華やかな着物の裏に隠された大人の世界だった。故郷の家族を思いながら、少女は厳しい花街で自分の道を切り開こうとする。時代|歴史|昭和|夫婦1.9万字5 128