"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第9話
ミノルは封筒のをしだけき、を覗き込みました。 そこには、自分が、油にまみれ、鳴られ、の平に豆を作りながら削り屑を掃き集め続けたの結晶が、静かに息を潜めていました。
自分の力で働き、自分ので掴み取った。 親から遣いをもらうのとは根本に異なる、魂が震えるような達成と責任のみが、封筒を通じての平から腕へと伝わってきました。
ミノルは作業着を着替えることもそこそこに、寮のくにある特定郵便局へとで向かいました。 目指すのは、為替貯課の窓でした。 故郷をる、母と交わした無言の約束――「仕送り」をするためでした。
当の郵便局の窓には、ミノルと同じように作業着姿のまま駆け込んできた若い員や、所の町からやってきた女たちの列ができていました。 誰もが、にした料袋から抜き取ったばかりの札を、おしそうに握りしめていました。
「現留ですね。こちらの封筒に、お届け先の所とお名、それからあなたのお名をいてください」 窓の女性局員に渡された細い現留の専用封筒。 ミノルは備え付けのインク壺にペンの先を浸し、震えるで文字をき入れました。 お届け先――野県〇〇郡〇〇。朝倉作蔵(父の名)。 そして、ご依頼主――京都墨田区〇〇町。
広告
朝倉ミノル。
自分の名を、送り主として公の類に記すのは、まれて初めての経験でした。 同封したのは、千円。 初任の半分以でした。 元に残るのは、わずか千円余り。けれど、ミノルはその千円を封筒に入れることに、片の躊躇もありませんでした。 この千円があれば、実の棚田の肥料が買える。米が買える。弟にしいノートを、妹にゴムびの紐を買ってやることができる。 封筒のに糊を引き、割り印として拇印を押すその瞬、ミノルは自分がもはや「養われる子ども」ではなく、の活の角を支える「黒柱の翼」になったのだという、誇らしい自覚に満たされていました。
郵便局をたミノルの取りは、まるでのに乗っているかのように軽やかでした。 残った遣いのから、ミノルは駅の商で、活に必なものを買い求めました。 百円で買ったしい綿の着、円の固形鹸、そして、故郷のの駄菓子では見たこともなかった、舶来の包みに包まれたさなチョコレートの箱。 寮の部に戻り、そのをそっと剥がしてひとかけらをに含んだとき、舌のに広がった濃な甘みは、ミノルののので、最も甘美で、最も贅沢な「自の」でした。
「働くってことは、こういうことなんだ……」
広告
ミノルは、母が持たせてくれたあの縫いの絣の巾着袋を取りしました。 仕送りを終え、わずかに残った貨をそのへジャラリと滑り込ませる。 母の針目が残る布の温もりと、京ので稼ぎした属のたい触が、巾着のでなりいました。 それは、くれた故郷と、この臭い京の町とが、本の目に見えない絆で確かに結ばれた瞬でもありました。
その夜、部の仲たちは、それぞれの仕送りを終えた清々しい顔で、くのさな衆堂「の堂」の簾をくぐりました。 頼んだのは、杯円のラーメンでした。 濁った醤油のスープのに、いチャーシューが枚と、メンマ、ナルト、そして刻みネギ。 故郷の噌汁とはまるで違う、化学調料の刺激なが、空っぽの胃袋に染み渡っていきました。 「うまいな、ミノル」 「ああ、うまいな」 誰もくを語りませんでしたが、どんぶりを抱えてスープを最の滴までみ干したたちの顔には、厳しい現実の荒波を、己の腕本で泳ぎ切ってみせるという、静かな決が宿っていました。
仕送りを始めて数かが過ぎた初、の事務所にミノルの名を呼ぶ声が響きました。 「ミノル君、野からが来てるぞ」
渡されたのは、いの筋が入った粗末な封でした。
表には、精の母が慣れないつきでいたのであろう、角ばった揃いな文字でミノルの名が記されていました。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家
継母・良子の死後、養女の明日香に遺されたのは、山奥に建つ資産価値ゼロの古びた一軒家だけだった。一方、実子である高志と絵美子は、都内の高級住宅6軒を相続し、介護を続けてきた明日香を「他人」と嘲笑う。 母に愛されていなかったのか――。傷つきながらも家を片づけに向かった明日香は、不自然に敷き直された畳と、その床下に封印された巨大な金庫を発見する。母が最期に託した銀色のペンダントは、その扉を開くための鍵だった。 金庫の中に残されていたのは、莫大な財産と「愛する娘へ」と記された一通の手紙。そこには、明日香を強欲な実子たちから守るため、良子が密かに進めていた計画が明かされていた。 高級住宅を手に入れ、裕福な暮らしに浮かれる兄姉。しかし、彼らが「財産」だと信じた6軒には、決して逃れられない秘密が隠されていた――。 血のつながりを盾にする家族と、行動によって愛を遺した母。傷ついた養女が母の本心を知り、自分の人生を取り戻していく、遺産と家族をめぐる逆転の物語。人生逆転|真相|親子関係|金銭問題1.8万字5 627 -
完結第11話
元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒
久しぶりに会った娘・香織の頬に痣を見つけた元警察官の父・誠一。夫の話になると目をそらす娘に、父は勤務先の住所だけを尋ね、それ以上追及しなかった。 一か月後、再び夫に突き飛ばされた香織へ、父は一通の封筒を渡す。中にあったのは夫の秘密ではなく、香織が「大したことではない」と消してきた異変を、日付順に記した一枚の紙だった。 繰り返される暴力と謝罪の連鎖を認めた香織は、初めて「今日は帰らない」と自分で決断する。父は夫を裁くことも、離婚を命じることもせず、娘が自ら選べる安全な場所だけを守り続けた。 これは、父の静かな愛に支えられた女性が、自分の恐怖を否定するのをやめ、失っていた人生と平穏を取り戻していく再生の物語。夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 121 -
完結第12話
昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷
昭和41年春。15歳で集団就職のため上京した正一は、一年ぶりに山形の故郷へ帰る。成長した姿を家族に見せようと胸を弾ませていたが、駅に父の姿はなく、母の手紙には「父さんのことは、帰ってから話します」と記されていた。 家へ戻った正一が知ったのは、父の大怪我と、毎月送っていた仕送りが自分名義で貯金されていた事実。そして、弟・健二が進学を諦め、兄と同じ集団就職の道を選ぼうとしていることだった。 自分が働いた一年を否定せず、それでも弟には自分で人生を選んでほしい。正一の訴えをきっかけに、家族は一人へ負担を押しつけるのではなく、それぞれが支え合う道を探し始める。 故郷と東京、二つの居場所の間で少年が見つけたのは、離れることと失うことは同じではないという答えだった。集団就職の少年と家族の再出発を描く、昭和の成長物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 21 -
完結第12話
十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで
昭和の初め、貧しい山村で育った14歳の正一は、進学を望みながらも、父に決められた料理屋へ住み込み奉公に出される。最初に渡されたのは包丁ではなく、一枚の雑巾だった。 厳しい親方のもとで失敗を重ね、何度も帰郷を考えた正一。しかし、一本の古い包丁と、客からもらった「うまい」の一言が、少年の人生を変えていく。家の事情で始まった奉公は、やがて自ら選び直した料理人への道となった。 戦争、結婚、独立、店の経営、弟子との出会い。そして息子が14歳になった時、正一は自分が奪われた「人生を選ぶ権利」を、息子へ渡す決断をする。 始まりは選べなくても、途中から道は選び直せる。一本の包丁とともに昭和を生きた料理人の、長い人生を描く物語。時代|歴史|昭和1.8万字5 52 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 3159 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 47