"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第10話
ミノルはの裏、資材置きの材のに腰をろし、震える指先で封を切りました。
『ミノルへ。 おからの現留、確かに受け取りました。 こんなにを送ってくれて、父さんも母さんも、仏壇のに供えて涙を流しました。 おが毎、油まみれになって働いて稼いだ事なです。無駄には使いません。 作の肥料代を払い、残りは万がののため、郵便局に貯してあります。 弟のトシオは、おの送ってくれたおで、学で使うしいクレヨンとノートを買うことができました。兄ちゃんが買ってくれたんだと、の友達に見せて歩いています。 妹のハナは、おが置いていった古い国語の教科を抱いて、毎晩寝ています。 京のは体にっていますか。 ご飯はちゃんとべていますか。 怪だけはしないよう、神棚に毎朝お祈りしています。 無理をしないで、体を事にしてください。 母より』
文字は所々が歪み、インクが滲んでいました。 恐らく、農作業を終えた夜、暗い裸球ので、老鏡もなしに懸命にペンをらせたのでしょう。 「……母ちゃん」 ミノルはを胸に押し当て、鉄骨の梁を見げました。 自分の送ったが、いの族の暮らしを確かに支えている。 その実が、の騒音や先輩からの叱責、全を覆う油汚れの辛さを、誇らしい悦へと変えていきました。
広告
季節はに巡っていきました。 が過ぎ、が吹く頃、ミノルはの旋盤で、より精密な公差を求められる自部品の荒削りを任されるようになっていました。 相変わらず、料のには、欠かすことなく現留の封筒を郵便局の窓へ差ししました。 あるは千円、残業がかったは千円。 自分の元に残るは常に最限でしたが、通帳の残が増えていくことよりも、故郷から届くい返信のの束がくなっていくことの方が、ミノルにとっては遥かにきなきがいでした。
そして、野駅にりってから初めてのが訪れました。 の末、は週の正休みに入りました。 「ミノル、お、正は帰るんだろ?」 田主任から渡された連休の当と往復の汽賃を握りしめ、ミノルは野発の夜急列「信濃」の自由席へと乗り込みました。
かとは、すべてが逆転していました。 京の煤煙を背に、へと向かう夜列。 窓を流れる暗の気が、駅を通過するごとにしずつ懐かしい故郷の匂いを帯びていくのが分かりました。 夜がけ、峠を越えた瞬、窓の面に広がったのは、々をく染めげる、懐かしい景でした。
駅にりつと、肺腑を刺すような涼な空気が、瞬にしてミノルの全を包み込みました。
広告
「帰ってきた……」 靴に履き替え、の積もったをがへと急ぐミノルの取りは、かのい歩みとは比べものにならないほど力いものでした。
の引き戸をけると、ガラガラと乾いた音が響きました。 「……ただいま戻りました」 にっていた母が、ハッと振り返りました。 に持っていた根が、コロンと籠から転がり落ちました。 「ミノル……! ミノルかい!」 駆け寄ってきた母の目は、見るに涙で溢れ返りました。 「きくなって……顔も精悍になって……まあ、無事でよかった……!」 母のが、ミノルの肩を、腕を、何度もさすりました。そののひらは、記憶のの温もりと何つ変わっていませんでした。
奥の囲炉裏端から、父がゆっくりと顔をげました。 父の髪には、かよりもいものがし増えたように見えました。 父は煙管のを落としにポンと叩き落とし、ちがったミノルの姿を、の先からの先まで、値踏みするようにじっと見つめました。 そして、煙の向こうから、く、噛みしめるように言いました。
「……の、顔になったな」
その言を聞いた瞬、ミノルのでか張り詰めていたすべての糸が解け、界が涙で滲みました。 体を事にしろと言って送りしてくれた父が、初めて自分をの男として認めてくれた。
その夜、囲炉裏のを囲んでべた塩鮭の粕汁のを、ミノルは涯忘れることができませんでした。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
腎臓をあげた私に離婚届――夫の隣には若い女
三歳の娘を育てる裕子は、重い腎臓病になった夫・英司を救うため、自分の腎臓を一つ提供した。ところが手術後、体調を崩した裕子を待っていたのは、夫からの暴言と冷たい仕打ちだった。やがて英司は、若い女との新生活を理由に離婚届を突きつけ、娘まで奪おうとする。そんな裕子の味方になったのは、意外にも義母だった。命を救ってくれた妻を平然と捨てようとする夫。すべてを失いかけた裕子は、娘と自分の人生を守るため、反撃を決意する。夫婦|真実|裏の顔|真相|第二の人生1.4万字5 108 -
完結第12話
新婚旅行に便乗する義母を空港に残した結果
新婚旅行で大阪へ向かうみちると健二。ところが、何かと二人の予定に入りたがる義母・恵子が「私の航空券も買って!」と空港から電話をかけてきた。何度断っても諦めない義母を避け、二人は夜行バスで出発。これで夫婦水入らずの旅行になるはずだった。しかし恵子は、二人の荷物に目をつけ、とんでもない方法で後を追おうとする。さらに健二の友人・圭司の借金騒動まで絡み、大阪では思いもよらない珍事件が発生。暴走する義母と、それに振り回される人々のドタバタコメディ。嫁姑|夫婦|真相1.3万字5 144 -
完結第16話
午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに
神堂グループを率いる美桜のもとに、午前3時、警察から奇妙な電話が入る。「ご主人を迎えに来てください」。しかし、美桜は一度も結婚したことがなかった。保護された男性が持っていたのは、5年前の爆発事故で亡くなったはずの婚約者・一条蓮との婚姻届の控え。半信半疑で警察署へ駆けつけた美桜は、信じられない光景を目にする。空白の5年間に何があったのか。そして、なぜ今になって彼が現れたのか。かつての事故をめぐる疑惑と、身近な人物の隠された思惑が、少しずつ明らかになっていく。夫婦|裏の顔|真相2.7万字5 216 -
完結第18話
喫茶ひばりの百円玉
昭和54年。商店街で二十年続く「喫茶ひばり」に、店主の律子は流行のテーブル型ゲーム機を四台置いた。百円玉が次々と入り、売上は急増。ところが、毎日のように通っていた常連客が、一人また一人と姿を消していく。子どもの遊びすぎに怒る保護者、ゲームを目の敵にする商店街会長、すっかりゲームに夢中の夫。店を守るための決断が、思わぬ騒ぎを引き起こしてしまう。しかも、ゲームを厳しく批判する会長には、誰にも知られたくない秘密があって……。昭和のゲームブームに揺れる、小さな喫茶店の人情喜劇。時代|歴史|昭和2.7万字5 71 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 113 -
完結第12話
五歳の母ちゃん
両親を事故で亡くしたシンジは、五歳の妹・楓を育てながら、昼も夜も働いていた。そんなある日、楓が「母ちゃんが来た」と言って連れてきたのは、同じ保育園に通う五歳の少女・リサだった。ところが彼女は、家族しか知らない昔の出来事を次々に話し、シンジを息子のように気遣う。信じられない再会に戸惑いながらも、兄妹は少しずつ彼女に心を開いていく。しかし、リサ自身の記憶が薄れていくという異変が起こり始める。もう一度母に会いたかった兄妹が、大切なものを守るために選ぶ道とは。兄弟姉妹|真実|真相|第二の人生1.2万字5 75 -
完結第10話
出産3日目、1億円の入金直後に夫が離婚届
娘を出産してわずか三日。病室で体を休めていた立花玲奈の口座に、父から譲り受けた株式の特別配当金、一億円が振り込まれた。その直後、見舞いに来た夫・直樹が突然離婚届を差し出す。しかも、財産分与として五千万円を要求し、自分の会社への融資継続まで求めてきた。夫の本性を知った玲奈は、追加融資と家族カードを止め、離婚に向けた準備を始める。ところが、カードの利用明細を調べると、身に覚えのない高級ホテルや宝飾店への支払いが次々と見つかり……。夫婦|真相|親子関係1.8万字5 150 -
完結第14話
昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女
昭和35年、京都・丹後の貧しい農家に生まれた15歳の文代は、家族の暮らしを助けるため、高校進学を諦めて祇園の置屋へ奉公に出る。美しい舞妓への憧れを胸に飛び込んだ世界で待っていたのは、早朝からの雑用、厳しい言葉遣いの指導、足に血がにじむほどの芸の稽古だった。先輩芸妓に助けられながら修行を重ね、やがて「市春」という名を授かった文代。しかし、初めてのお座敷で目にしたのは、華やかな着物の裏に隠された大人の世界だった。故郷の家族を思いながら、少女は厳しい花街で自分の道を切り開こうとする。時代|歴史|昭和|夫婦1.9万字5 128