"夜勤明け、鍵を替えられた私の静かな反撃" 第12話
名誉毀損と慰謝料請求の警告文。 世体と体裁だけを何よりもんじる美智子にとって、警察汰になり、弁護士から名指しで警告を受けることなど、ぬほどの恥辱だった。
美智子は親族に触れて回った。 『かず子姉さんと拓也は、法の社宅を法占拠して警察に連された犯罪者よ! あんな恥らずな親子、吉沢の恥だわ! なんて円もしちゃ駄目! 関わったらこっちまで訴えられるわよ!』
かつてを見し、嘲笑っていた親戚同は、瞬にして蜘蛛の子を散らすように逃げった。 の切れ目が縁の切れ目――の富に群がっていた寄虫たちは、宿主を失った瞬、共いを始めて自滅していったのだ。
「う……うう……どうしてこんなことに……」
かず子は髪をかきむしり、畳に突っ伏して泣いた。
あの〇号に残してきた、何万円もするイタリア製のソファー。 のボーナスで買わせた型液晶テレビ。 そして、あののために張り切って買ってきた、万円の級黒毛牛。
管理会社のによって部が解体清掃された際、気が止められ、密閉された内の猛暑ので放置された牛は、緑のカビに覆われ、烈な腐敗臭を放ちながらゴミ処理へと運ばれていったという。 その特殊清掃費用と廃棄費用、万円の請求が、今、拓也のい胸ポケットに突き刺さっていた。
広告
「全部母さんのせいだ……!!」
拓也が突然ちがり、かず子の肩を乱暴に突きばした。
「母さんが『嫁を躾けてやる』なんて調子に乗って鍵なんか変えるからだろ! に謝ってこいよ! 座して、舐めてでも許してもらえよ! 俺の、どうしてくれるんだよ!!」
「な、何よ拓也! あんただってあの、ビールんで笑ってたじゃないの! 母親に向かってそんな利くもんじゃないわよ!」
狭い畳で、罵声と号がび交う。 互いに責任をなすりつけい、を投げう醜悪な母子の争いは、壁のいアパートの隣から「うるせえぞ!」と壁を蹴られるまで終わることはなかった。
定職もなく、社会信用も失い、自己破産の申してを余儀なくされた代の男。 親族から絶縁され、世体をすべて失ったれな老婆。
暗ので、は、終わりのない獄をいずり回り続けるのだ。
の初旬。の凛とした澄んだ空気が、都の並みを包み込んでいた。
午。 青葉病院の救急救命センターのスタッフルームで、は真しいスクラブの袖に腕を通していた。 首元には聴診器。胸ポケットには、使い慣れたペンライトと瞳孔ゲージ。
「吉沢さん……あ、今は『さん』ですね。おはようございます!」
輩の護師が、るい笑顔で駆け寄ってきた。
「おはようございます。
広告
昨夜の当直、きな搬送はあった?」
「はい、急性脈解のオペが本入りましたが、無事にICUへがりました。さんが引き継ぎに入ってくださるなら、百力です!」
鏡のにち、髪をろでキュッと束ねる。 鏡に映る自分の顔を、はじっと見つめた。
目のの隈はすっかり消えり、瞳には力い気が宿っていた。 先週、庭裁判所での婚調が正式に成した。 弁護士の完璧な証により、拓也からの慰謝料百万円の公正証が作成され、々の分割払いが滞れば即座に与や財産が差し押さえられる条項が結ばれた。もっとも、無収入の拓也にどれだけ支払能力があるかは疑わしいが、にとってだったのはではない。
戸籍から「吉沢」の文字が完全に消えり、自らのまれた名を取り戻したこと。 あの寄虫たちとの法な繋がりが、跡形もなく断ち切られたことだった。
「さん、ちょっといいかしら」
ナースステーションの入りで、総務課の佐々が招きをしていた。 駆け寄ると、佐々はポケットからさな鍵を取りし、悪戯っぽく微笑んでのの平に乗せた。
「しい護師寮――駅の築浅マンションの契約、すべて完したわよ。最階の角部。オートロック、防犯カメラ、宅配ボックス完備。……もちろん、あなたのための、絶対全なよ」
「佐々さん……! ありがとうございます!」
はその鍵を両で包み込んだ。
かつて、理尽に自分を拒絶したあのたいシリンダーではない。 自らの労働と、自らの信用と、自らが救ってきた無数の命のみによってに入れた、本物の「自由の鍵」だった。
ピロリロリン、ピロリロリン――!
スタッフルームに、救急請のホットラインが鳴り響いた。
『ドクターヘリより請! 発傷の代男性、CPA寸! 初療へ受け入れ準備願います!』
スピーカーから響く医師の緊迫した声。
「初療、急速輸液と除細器のスタンバイ急いで! 挿管チューブは・!」
は迷うことなく指示をばし、ストレッチャーが運び込まれる自ドアへと駆けした。
迷いも、恐怖も、過の霊も、もう何つない。 ここには、自分が全霊をかけて守るべき命があり、自分のでち、自分の力で切り拓いていく確かながある。
初療のガラス窓から差し込むの朝のが、のいユニフォームを、どこまでも眩く、誇らしげに照らししていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
介護で表彰される嫁――私は認知症に仕立てられた
手首を骨折し、息子夫婦の家へ身を寄せた68歳の文江。嫁・沙耶香は、物忘れが進んだ姑を献身的に介護しているように見せ、日常を動画で配信していた。 だが文江は認知症ではなかった。砂糖と塩を入れ替え、スマートフォンを隠し、同じ質問を繰り返すよう指示する――すべては再生数と広告収入を得るための演出だった。しかも息子も、その事実を知りながら黙認していた。 沙耶香が「献身的な嫁」として表彰される当日、巨大スクリーンに流れたのは感動映像ではなく、撮影前に姑へ演技を命じる未編集動画だった。そして文江は車椅子を使わず、自分の足で壇上へ向かう。 家族に病気も財産も人生も利用された女性が、自らの声と尊厳、そして「撮られない権利」を取り戻していく逆転と再生の物語。因果応報|嫁姑|認知症2.2万字5 64 -
完結第16話
妊娠8か月の私に28人分のおせちを作らせた義母
妊娠8か月の優奈は、義母から「家族6人分」と聞かされていたおせち作りを引き受ける。だが台所に用意されていたのは、販売用の28人分。さらに義妹の店名が入った重箱には、優奈の名前が製造責任者として無断で使われていた。 体調を崩して病院へ向かった優奈は、録音や注文表を証拠として残す。予定より早く帰宅した夫・康平は、母から合鍵を取り上げ、親戚を帰らせるが、やがて妻の署名や免許証、退職金まで利用した500万円の融資計画が発覚する。 康平は家族へ怒るだけでなく、母の越境を長年黙認してきた自分の責任とも向き合う。一方の優奈も、誰かに救われるのを待たず、自分の名前、仕事、暮らしを自ら守り始める。 28人分のおせちから始まった騒動を通して、「家族のため」という言葉に奪われていた選択権を取り戻す夫婦の再生と、境界線の大切さを描いた物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4万字5 222 -
完結第15話
車椅子の姑を1年間介護したのに、遺産は1円もいらない嫁が家を出た日
教師の仕事を辞め、右半身に麻痺が残った姑・芳子を365日介護してきた田中綾。芳子の70歳の誕生日会で、36人の親族を前に「家も預金も長男へ。嫁には1円も渡さない」と宣言される。熱い汁で右手を火傷しても、夫が心配したのは200万円の着物だけだった。綾は介護引継書を置き、「遺産はいりません」と家を出る。ところが無償の嫁が消えた翌朝、家族の前には月43万8000円、年525万6000円の介護見積書が突きつけられた。3人の実子は誰が母を支えるのか。そして綾は、失った教師の人生を取り戻せるのか――。嫁姑|親子関係2.0万字5 1166 -
完結第12話
継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家
継母・良子の死後、養女の明日香に遺されたのは、山奥に建つ資産価値ゼロの古びた一軒家だけだった。一方、実子である高志と絵美子は、都内の高級住宅6軒を相続し、介護を続けてきた明日香を「他人」と嘲笑う。 母に愛されていなかったのか――。傷つきながらも家を片づけに向かった明日香は、不自然に敷き直された畳と、その床下に封印された巨大な金庫を発見する。母が最期に託した銀色のペンダントは、その扉を開くための鍵だった。 金庫の中に残されていたのは、莫大な財産と「愛する娘へ」と記された一通の手紙。そこには、明日香を強欲な実子たちから守るため、良子が密かに進めていた計画が明かされていた。 高級住宅を手に入れ、裕福な暮らしに浮かれる兄姉。しかし、彼らが「財産」だと信じた6軒には、決して逃れられない秘密が隠されていた――。 血のつながりを盾にする家族と、行動によって愛を遺した母。傷ついた養女が母の本心を知り、自分の人生を取り戻していく、遺産と家族をめぐる逆転の物語。人生逆転|真相|親子関係|金銭問題1.8万字5 627 -
完結第11話
元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒
久しぶりに会った娘・香織の頬に痣を見つけた元警察官の父・誠一。夫の話になると目をそらす娘に、父は勤務先の住所だけを尋ね、それ以上追及しなかった。 一か月後、再び夫に突き飛ばされた香織へ、父は一通の封筒を渡す。中にあったのは夫の秘密ではなく、香織が「大したことではない」と消してきた異変を、日付順に記した一枚の紙だった。 繰り返される暴力と謝罪の連鎖を認めた香織は、初めて「今日は帰らない」と自分で決断する。父は夫を裁くことも、離婚を命じることもせず、娘が自ら選べる安全な場所だけを守り続けた。 これは、父の静かな愛に支えられた女性が、自分の恐怖を否定するのをやめ、失っていた人生と平穏を取り戻していく再生の物語。夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 121 -
完結第12話
20年の仕送りを止めたら、義母の嘘が暴けた
20年間、毎月10万円の仕送りを一度も欠かさなかった私。 総額は2,400万円にもなるのに、義母は法事の席で親族を前に笑った。 「たった10万円よこして、偉そうにしないでよ」 その言葉を聞いた私は、翌月から仕送りをやめることを決めた。 義母は「その程度のお金、なくても困らない」と強がっていたが、わずか3か月後、その暮らしは急速に行き詰まっていく。 やがて夫は、実家で銀行と証券会社から届いた複数の封筒を発見する。 そこに記されていたのは、義母が隠し続けてきた資産の動きと、私たちの仕送りが使われていた本当の目的だった。 なぜ義母は2,400万円もの援助を「大した額ではない」と笑ったのか。 そして、仕送りを止めた途端に崩れ始めたものとは――。 20年間の善意を当然のものとして踏みにじられた妻が、家族に隠された金銭の秘密と向き合い、自分の人生を取り戻していく物語。嫁姑|相続|親不孝|親子関係|金銭問題1.8万字5 735