"時給951円と捨てられた妻の正体" 第8話
その、内線話が鋭い音をてて鳴り響いた。
『専務、恐れ入ります。階のエントランス受付から緊急の内線が入っておりまして……』 秘の声が、困惑に微かに震えていた。
『「専務の夫だ」と名乗る男性が、アポイントなしでロビーに乱入してきまして……警備員が制止しているのですが、「葉をせ! 俺の女だ!」と叫んで座り込んでおり、警察を呼ぶ寸の騒ぎになっております』
私は静かに万を置き、デスクからちがった。
「分かりました。私が直接、引導を渡しにってきます」
「えっ!? 専務、危険です! 警備員に排除させますから――」
「いいえ。逃げ回っていては、あの男はつきまとってくるわ。……の褌できてきた寄虫に、現実というものを骨の髄まで教えてあげなければいけませんから」
私は背筋を凛と伸ばし、役員の扉をけた。 元には、弁護士から預かっていた通の最終類を携えて。
本社ビル階のグランドロビーは、異様な緊迫に包まれていた。
理のの央、通の好奇と嫌悪の線に晒されながら、の男が警備員に両腕を押さえつけられて暴れていた。
「せ! 俺はここの専務の夫だぞ! おらみたいなっ端警備員が、この俺に触っていいとってんのか!!」
その姿を見た瞬、私はわず目を見張った。 わずかか、仕ての良いスーツを着て威張り散らしていた男の面は、どこにもなかった。
広告
無精髭が伸び放題にえ散らかし、頬は極限までこけ落ちている。 着ているスウェットはと油で黒ずみ、破れたスニーカーからは爪先が覗いていた。烈な体臭と酒の臭いが、数メートル先まで漂ってくる。
「……騒ぎをやめなさい、園田透さん」
私の徹な声が、吹き抜けのロビーに響き渡った。
透が弾かれたように顔をげた。 スーツを着こなし、役員バッジをらせた私の姿を界に捉えた瞬、男の瞳に狂気じみたが宿った。
「か……葉……! 葉ぁぁっ!!」
透は警備員の拘束を力任せに振り解き、私の元へと滑り込むようにしていつくばった。 そして、理のたいに額を何度も叩きつけながら、泣き叫んだのだ。
「頼む……! 葉、俺が悪かった! 俺が全部違ってたんだよぉぉっ!!」
ロビーのあちこちから、社員や来客たちの息を呑む音が聞こえる。 透は通の目など切気にすることもなく、私の革靴の爪先にすがりつこうとを伸ばしてきた。
「彩に騙されたんだ! あいつ、俺のも計も全部持って逃げやがった! 会社もクビになって、アパートも追いされて、ここ週、公園のベンチで残飯を漁ってきてるんだよ! もう限界なんだ、んじまうよ!」
透の目から、ボロボロと濁った涙が溢れる。
「葉、やり直そう! お、俺のことが好きで結婚したんだろ!? これからはおの言うことを何でも聞く! 事だって俺が全部やる! だから……だからもう度、俺を養ってくれえええっ!!」
広告
あまりの浅ましさ。 あまりの醜悪さ。 かつて「百円の役たず」と見していた妻の元に平伏し、今度は自分が「無職の寄虫」として養われることを恥じることもなく求してくる男。
私は歩、ろへ退いた。 透の汚れた指先が空を切り、を空しく引っ掻く。
「……透さん。あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
私の声は、絶対零度の静寂を保っていた。
「されてもいない元夫を、誰が養うというの? 私たちはもう、先正式に婚が成した赤のよ」
「なわけないだろ! 親父もお袋も、おとばかり会って俺を無するんだ! おが親父に余計なことを吹き込んだんだろ! 親父を説得して、俺を実に戻せ! これは……これは元夫としての命令だ!!」
座をしながら、なおも「命令」という言葉をにする男の歪んだ脳髄。 私は懐から、弁護士が作成した通の面を取りし、透の先へと落とした。
「……よく読みなさい。それが、あなたの本当のち位置よ」
透がおずおずと類を拾いげた。 その面に並んでいたのは、彼が犯した罪に対する、酷無比な最終宣告だった。
理のにいつくばったまま、透はで汚れた指先で、に落とされた面を拾いげた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家
継母・良子の死後、養女の明日香に遺されたのは、山奥に建つ資産価値ゼロの古びた一軒家だけだった。一方、実子である高志と絵美子は、都内の高級住宅6軒を相続し、介護を続けてきた明日香を「他人」と嘲笑う。 母に愛されていなかったのか――。傷つきながらも家を片づけに向かった明日香は、不自然に敷き直された畳と、その床下に封印された巨大な金庫を発見する。母が最期に託した銀色のペンダントは、その扉を開くための鍵だった。 金庫の中に残されていたのは、莫大な財産と「愛する娘へ」と記された一通の手紙。そこには、明日香を強欲な実子たちから守るため、良子が密かに進めていた計画が明かされていた。 高級住宅を手に入れ、裕福な暮らしに浮かれる兄姉。しかし、彼らが「財産」だと信じた6軒には、決して逃れられない秘密が隠されていた――。 血のつながりを盾にする家族と、行動によって愛を遺した母。傷ついた養女が母の本心を知り、自分の人生を取り戻していく、遺産と家族をめぐる逆転の物語。人生逆転|真相|親子関係|金銭問題1.8万字5 800 -
完結第14話
夫の通帳を奪った義母が銀行で凍りついた日
「息子の通帳は、こっちで管理するわ」 夫の四十九日の翌朝、義母は仏壇の引き出しから通帳を奪った。 「三宅の金を、子供も産めなかった嫁には渡さない」 私は取り返そうともせず、静かに答えた。 「どうぞ、ご自由に」 一週間後、記帳した義母が怒鳴り込んできた。 「残高が12万3,000円しかない! 残りをどこへ隠した!」 さらに義母と義弟は、家を売って財産を分けると言い出した。 私は反論せず、銀行の応接室へ二人を呼んだ。 ところが義母は約束より早く窓口へ行き、通帳を突きつけた。 「私は母親よ。全額払い戻して!」 銀行員は戸籍を確認し、義母へ静かに尋ねた。 「お客様は、亡くなられた和幸様と養子縁組をされていますか?」嫁姑|相続|親子関係|金銭問題2.0万字5 582 -
完結第15話
正月、娘に熱汁を浴びせた義兄へ110番
娘がグラスを1つ割っただけで、義兄は笑いながら熱い汁物を8歳の娘へ浴びせた。 しかも泣き叫ぶ娘を前に、義母も親族も止めるどころか「正月から大げさ」と笑っていた。 夫まで兄を庇い、「今日は丸く収めよう」と私に黙るよう求めてきた。 私は娘の腕を流水で冷やしながら、警察署長を務める実兄へ電話した。 「お兄ちゃん、今度はもう手加減しないで」 だが兄が私に命じたのは、身内の力を使うことではなく、「今すぐ110番して、証拠を全部残せ」ということだった。 その言葉で私は、義実家の天井に防犯カメラがあることを思い出した。 警察が映像を確認した直後、それまで「手が滑っただけ」と笑っていた義兄の顔色が一変する。 そして夫まで知らなかった“決定的な場面”が映っていたことで、あの正月に笑っていた全員の立場がひっくり返り始めた。怒り|嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 164 -
完結第12話
入学式の日、愛人を選んだ夫への「お祝い」
娘・美香の入学式当日、夫・健吾は姿を見せなかった。電話をかけると、「愛人と離婚届を出しに来ている」と笑いながら告げ、妻子を捨てて新生活を始めると宣言する。 泣きそうになるカナからスマートフォンを受け取った義母・富美子は、取り乱すどころか静かに微笑んだ。「本当におめでたい日ね。盛大にお祝いしなくちゃ」。その夜、帰宅した健吾を待っていたのは、白いリボンが掛けられた巨大なケーキだった。 しかしケーキの中には、健吾が大切にしていた高級時計や愛人との品々が隠されていた。自らそれらを切り刻んだ健吾へ、富美子は不倫と会社経費の私的流用を示す証拠を突きつけ、カナは離婚条件を記した書類を差し出す。 娘の晴れの日に家族を裏切った男がすべてを失う一方、血のつながらない嫁と孫を守り抜いた義母。三世代の女性が本当の家族として、新しい幸福を築いていく痛快な逆転物語。夫婦|親子関係1.8万字5 182 -
完結第11話
元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒
久しぶりに会った娘・香織の頬に痣を見つけた元警察官の父・誠一。夫の話になると目をそらす娘に、父は勤務先の住所だけを尋ね、それ以上追及しなかった。 一か月後、再び夫に突き飛ばされた香織へ、父は一通の封筒を渡す。中にあったのは夫の秘密ではなく、香織が「大したことではない」と消してきた異変を、日付順に記した一枚の紙だった。 繰り返される暴力と謝罪の連鎖を認めた香織は、初めて「今日は帰らない」と自分で決断する。父は夫を裁くことも、離婚を命じることもせず、娘が自ら選べる安全な場所だけを守り続けた。 これは、父の静かな愛に支えられた女性が、自分の恐怖を否定するのをやめ、失っていた人生と平穏を取り戻していく再生の物語。夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 536 -
完結第15話
「貧乏男」の通帳に5億円
姉に「貧乏男」と笑われた蓮と結婚した、経理担当の真帆。新婚の翌朝、生活費10万円を差し出すと、夫は代わりに1冊の通帳を渡してきた。残高は5億円を超え、3年間、出金の形跡がない。それなのに、夫は古い上着を繕い、わずかな報酬で働いていた。隠されていたのは、資産だけではなかった。夫の仕事を知った真帆が共に暮らす条件を伝える一方、新聞で彼の立場を知った姉は態度を変え、500万円の出資を求めてくる。夫婦が断った翌日、姉は客に「出資は決まった」と案内していた。真帆は拒否の返信と案内の時刻を並べ、夫と店へ向かう。そして、夫が手放さない上着の襟には、別の男の名字が縫いつけられていた。夫婦|金銭問題2.1万字5 3054 -
完結第12話
20年の仕送りを止めたら、義母の嘘が暴けた
20年間、毎月10万円の仕送りを一度も欠かさなかった私。 総額は2,400万円にもなるのに、義母は法事の席で親族を前に笑った。 「たった10万円よこして、偉そうにしないでよ」 その言葉を聞いた私は、翌月から仕送りをやめることを決めた。 義母は「その程度のお金、なくても困らない」と強がっていたが、わずか3か月後、その暮らしは急速に行き詰まっていく。 やがて夫は、実家で銀行と証券会社から届いた複数の封筒を発見する。 そこに記されていたのは、義母が隠し続けてきた資産の動きと、私たちの仕送りが使われていた本当の目的だった。 なぜ義母は2,400万円もの援助を「大した額ではない」と笑ったのか。 そして、仕送りを止めた途端に崩れ始めたものとは――。 20年間の善意を当然のものとして踏みにじられた妻が、家族に隠された金銭の秘密と向き合い、自分の人生を取り戻していく物語。嫁姑|相続|親不孝|親子関係|金銭問題1.8万字5 910 -
完結第13話
母の保険金3,000万円、夫は「もう諦めろ」と言った
「1か月だけ、3,000万円を貸して」 亡き母の保険金が振り込まれた直後、夫の姉が突然頼みに来た。 夫も「家族を助けると思って」と私を説得した。 私は返済期限を定め、夫を連帯保証人にして公正証書を作った。 姉は笑顔で実印を押し、翌日、3,000万円を受け取った。 しかし1か月後、入金はなかった。 やがて電話は着信拒否され、3か月が過ぎた。 夫へ相談すると、苛立った声が返ってきた。 「もう諦めろ!」 そして次の瞬間、夫は口を滑らせた。 「あいつに、そんな金あるわけないだろ!」 私は何も言わず、弁護士宛てのメールを開いた。夫婦|相続|金銭問題1.9万字5 826