"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第1話
昭333の終わり、群馬県のあいにあるさなにも、ようやくの気配がづいていた。田の畦にはまだ枯れが残っていたが、向きの斜面では梅が咲き始め、解けが細い用を音をてて流れていた。20歳の子は縁側に座り、かの祝言で着る訪問着の裾を縫っていた。
結婚相は、隣町で材を営む田の次男・浩だった。田は製材所とを持ち、この辺りでは昔から名の通ったである。父をにくしたにとっては申し分のない縁談で、母のは何度も「お父ちゃんがきていたら、どれほどんだかね」と言っていた。
そのもは、嫁入り具を入れた桐箪笥の引きしをけ、呂敷を包み直していた。弟の信夫はから町の鉄所へ勤めることが決まり、のには寂しさよりも、これから皆がしい暮らしへ移っていくような慌ただしさがあった。
午過ぎ、玄関を叩く音がした。
「ごめんください」
女の声だった。
が台所で濡れたを掛けに拭きながらていった。子は所の婦会の誰かだろうとい、針をめていたが、いつまでたっても母の声がしない。
議にって廊へた。
玄関にったの背が見えた。
その向こうに、の女がいた。
代半ばほどに見える。
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の古い套を着て、さな革鞄をつだけにしていた。髪はきちんと結われていたが、頬はこけ、を落とした顔は齢よりも疲れて見えた。
子は最初、らないだとった。
女が子を見た。
ほんのし元を緩めた。
「子、きくなったね」
裁縫箱が子のから落ちた。
鋏と糸巻きが廊へ散らばる。
「……姉ちゃん?」
女は静かに頷いた。
「久しぶり」
文だった。
8、このをて京へった女の文。
子が最に見た、姉は17歳だった。父から「京の料理でみ込みの女になる」と聞かされ、母が縫った紺の着物を着て、駅まで見送られていった。
最初のほどはが来た。
《忙しいけど元気です》
《京はがいです》
《子、勉頑張ってね》
けれど、次第には減り、目には完全に途絶えた。
では勝な噂が流れた。
京で男を作った。
病気になった。
どこかへ逃げた。
もうんだのではないか。
父は文の話を嫌がった。
「京でちゃんとやってる。それでいい」
そう言うだけだった。
父がくなったでさえ、文にはらせなかった。
子は何度も母へ尋ねたが、もいつしか「連絡先が分からない」としか答えなくなった。
その姉が今、玄関のにっている。
子は裸のままへりかけた。
「姉ちゃん、本当に姉ちゃん?」
「そうだよ」
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「どこにいたの? どうして今まで――」
その瞬だった。
が子のへた。
母が文を抱きしめるのだとった。
8の空を気に埋めるように泣くのだとった。
ところが、が言ったのはまったく別の言葉だった。
「帰ってきちゃだめ」
文の笑顔が消えた。
子はを疑った。
「お母ちゃん?」
は娘を見なかった。
「今はだめ」
「何言ってるの」
「子の祝言が終わるまで、ここへ来ないで」
空気が止まったようだった。
文はしばらく母を見つめていた。
それから、度だけさく頷いた。
「分かった」
「姉ちゃん!」
子が止めるよりく、文は背を向けた。
は玄関の引き戸を閉めた。
そのが震えているのを、子は見た。
「何してるの!」
は振り返らなかった。
「8ぶりだよ! 自分の娘だよ!」
「分かってる」
「分かってて追い返すの?」
「今は帰ってこられたら困るの」
その言だけ残し、母は台所へ戻った。
子は靴を突っかけ、をびした。
れへ向かう坂で、文の背を見つけた。
「姉ちゃん!」
文はち止まった。
息を切らして追いついた子に、昔と変わらないような笑い方をした。
「ると転ぶよ」
「どこくの」
「駅」
「京へ戻るの?」
「京じゃない」
「じゃあ、どこ?」
文はし考えてから答えた。
「まだ決めてない」
その言葉で、子は初めて気づいた。
姉には帰る所がない。
それなのに母は、玄関から歩も入れなかった。
れの蔵堂まで歩き、は段に腰をろした。くで牛を引く男の掛け声が聞こえ、夕方のたいが林を揺らしていた。
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