"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第2話
子は何から聞けばいいのか分からず、ただ姉の横顔を見ていた。
「今まで、どこにいたの?」
やっと聞いた。
「京」
「女?」
文は答えなかった。
「姉ちゃん」
「最初はね」
子の胸の奥に、嫌なものが落ちた。
「最初は?」
文は自分の両を見つめた。
指先には細かな傷がいくつもあった。
「赤線にいた」
子はを理解するまで数秒かかった。
が分かった途端、喉が狭くなった。
「……嘘」
「嘘ならよかったけどね」
「姉ちゃんが?」
文は頷きもしなかった。
否定もしなかった。
子のに浮かんだのは、まず姉の8ではなかった。
浩。
田。
結婚。
姑になる。
に広がる噂。
自分でも嫌になるほどく、それらがのを埋めた。
「どうして今なの?」
文が顔をげた。
「え?」
「あとかなの。私、結婚するの」
「ってる」
「だったら……」
「だからにはがらなかったよ」
「そうじゃない!」
子の声がきくなった。
「8も帰ってこなかったのに、どうして今なのって聞いてるの!」
言った瞬、悔した。
文はらなかった。
泣きもしなかった。
ただしだけ、目の奥がくなった。
「仕事がなくなったから」
革鞄をき、枚のをした。
横浜の縫製の採用予定を記した類だった。
昭334、売防止法が全面施される。それをに、文が働いていた所もを閉めることになった。の紹介での仕事を見つけたが、寮へ入る続きに戸籍関係の類が必だった。
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「それだけ取りに来たの」
子はを見た。
「に戻るつもりじゃなかったの?」
「戻れるとってないよ」
「じゃあ、今夜どうするの」
「駅の旅館でも探す」
「おは?」
「しある」
文は笑った。
その笑い方が、子の記憶にある17歳の姉とはまるで違っていた。
昔の文は、嬉しいには歯を見せて笑った。
今の文は、相をさせるためにだけ笑っているように見えた。
翌朝、子は朝飯をべるより先に母へ詰め寄った。は竈のにしゃがみ、噌汁の鍋をにかけていた。信夫はまだ奥の部で寝ていた。
「姉ちゃん、戸籍の類を取りに来ただけなんだって」
の肩が僅かにいた。
「にみたいなんて言ってないよ」
「分かってる」
「だったらどうして追い返したの」
母は鍋の蓋を取った。
湯気が顔を隠す。
「今、へ入れたら、所にすぐ分かる」
「だから何?」
「子には祝言があるでしょう」
「姉ちゃんが帰ってきたら私が結婚できないの?」
は答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
子は腹がった。
「お母ちゃん、姉ちゃんがどこにいたかってたの?」
鍋を持っていたのが止まった。
子は母の横顔を見た。
顔が変わっている。
「ってたんだ」
「子」
「いつから?」
「……」
「ずっと?」
はをめた。
「声をさないで。信夫が起きる」
「信夫に聞かれたら困るの?」
「困るよ」
「私には女だって言ってたじゃない」
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「お父さんがそう言えって」
また父だった。
子ので、にんだ父の姿がしずつ別になっていくようだった。
「何で姉ちゃんだけ、そんなところにいたの」
の唇が震えた。
「もうやめて」
「やめない」
「子」
「8も黙ってたんでしょ!」
その声で信夫が起きてきた。
寝癖のついた髪のまま、台所の入りにつ。
「何の話?」
誰も答えなかった。
「姉ちゃんって、文姉ちゃん?」
信夫は文がをた、まだ9歳だった。
顔の記憶もい。
子が何か言おうとすると、がい声で遮った。
「信夫は仕事へく支度しなさい」
「まだ勤め始めてないよ」
「だったら薪でも割ってきな」
「何だよ、それ」
信夫は納得しない顔をしたが、母の様子がおかしいことだけは分かったらしい。それ以聞かず、へた。
子も朝飯をべなかった。
部へ戻り、縫いかけの着物を見た。
か、自分は田の嫁になる。
祝言のには親戚が集まり、浩の父は材商の得先まで招くと言っている。
そのへ姉が現れたらどうなる。
《赤線にいた女の妹》
そんな言葉が、を回るのだろうか。
怖かった。
同に、そう考える自分が嫌だった。
昼過ぎ、子は父の仏壇のを片づけ始めた。
何かを探そうと決めたわけではない。
ただ、母の「お父さんがそう言えって」という言葉がかられなかった。
父の古い類箱があった。
農協の帳面。
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