"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第3話
仕事の賃細。
肥料代。
借の控え。
根を直したの領収。
枚枚めくっているうち、底に輪ゴムで束ねられたが見つかった。
郵便為替の控えだった。
差。
文。
昭26。
昭27。
昭28。
昭29。
そのも続いている。
百円、百円、千円。
には数千円。
当の計にはさくない額だった。
父の字で用途がき込まれているものもある。
《種籾代》
《根修理》
《信夫入院》
子は枚ずつめくった。
そして、が止まった。
《子 女学入学》
胸が詰まった。
自分が等女学へんだだった。
戦の学制変更があっても、田舎のから女子がの学へ通うのは簡単ではなかった。父はあの、
「今は仕事がよかった」
と言った。
子はずっと、そので学へかせてもらったとっていた。
違った。
なくとも部は、文から送られてきただった。
さらにをめくる。
のに買った嫁入り用の桐箪笥の領収がてきた。
父はすでにくなっている。
だが、購入資を入れていた母名義の貯通帳の古い控えが緒にあった。
その原資にも、文からの為替が混ざっていた。
子のが震えた。
姉は帰ってこなかった。
もほとんど寄こさなかった。
けれどだけは送り続けていた。
そので、私は学へった。
弟は病院へった。
の根を直した。
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嫁入り箪笥まで買った。
夕方、子は全部を座敷へ並べた。
が入ってきて、の束を見た瞬にち止まった。
「これ、何」
「……」
「どうして姉ちゃんのおで、私が学へってたの」
は座れなかった。
柱へをついた。
「何で言わなかったの」
「お父さんが」
「またお父さん?」
子の声が震えた。
「ちゃんと働いてるって言えばいいって言われたの?」
の目から涙が落ちた。
「私も最初はらなかったの」
その言で、子のりが瞬止まった。
は畳へ座り込んだ。
「本当に、女だとってた」
父がから紹介を受けた。
京の料理。
み込み。
もいい。
貧しいの娘が奉公へること自体は、珍しいことではなかった。
文も計を助けると言った。
は、娘がくへく寂しさをこらえて送りした。
ところが数か、文から母だけに宛てたが届いた。
《お母ちゃん。私は女ではありません》
いだった。
《帰りたいです》
それもいてあった。
子は母を見た。
「だったら迎えにけばよかったじゃない」
は答えなかった。
「どうしてかなかったの!」
「借があったの」
やがて、母が絞りすように言った。
父は戦、炭と材の仲買へをし、きな損をしていた。
田畑を担保に入れ、からも借りていた。
文を紹介した男から、父は借りを受け取っていた。
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娘がすぐ辞めれば、返さなければならない。
返せなければを放す。
「だから、姉ちゃんを置いてきたの?」
「何度も喧嘩した」
「でも迎えにかなかった」
は顔をげられない。
「……うん」
「同じじゃない」
は泣いた。
子は初めて、母をだとわなかった。
その夜。
父の仏壇のへ座ったが、線はげなかった。
代わりに郵便為替の束を置いた。
仏壇ので笑う父の写真を見げた。
そして、誰にも聞こえない声で言った。
「お父ちゃん。姉ちゃんをいくらで売ったの」
翌朝、子は駅の旅館へ向かった。
さな造旅館で、玄関先には「御宿泊」と墨でいた板がていた。帳の女将に文の名を告げると、階の番端の部にいると言われた。
襖をけると、文は窓辺で髪を結っていた。
荷物は革鞄つ。
布団もすでに畳まれている。
「もうるの?」
「今、役へってから横浜へ戻ろうとって」
子は為替の束を畳へ置いた。
文は目見ただけで、それが何か分かったらしい。
驚かなかった。
「見つけたんだ」
子の胸が痛んだ。
「どうして言わなかったの」
「何を?」
「私が姉ちゃんのおで学へったこと」
「送ったんだからってるよ」
「私、何もらなかった」
「らなくてよかったんだよ」
「よくないよ!」
わず声がきくなった。
廊の向こうから誰かの音が止まった。
子は声を落とした。
「私、昨姉ちゃんに『どうして今なの』って言った」
文は返事をしない。
「私の結婚がだめになるって、そればっかり考えた」
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