"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第8話
「結婚したいよ。浩さんだって嫌いじゃない」
は何も言えない。
「でも、姉ちゃんをいないことにして始めるなら、私、ずっと怖いとう」
「子」
「いつか私が都悪くなったら、今度は私がに置かれるのかなって」
はを閉じた。
子の婚約は、翌週正式に解消された。
はった以にく反応した。
子が共同井戸へを汲みにくと、話していた女たちが急に黙った。雑貨では主が妙に丁寧な調になり、以なら世話をしていたが目をわせなくなった。
「姉のために良縁を捨てたんだって」
「田さんの方は結婚してもいいって言ったらしいよ」
「母親も気の毒に」
「でも、あのお姉さん、京でねえ……」
直接言われなくても聞こえた。
子は最初のか、からることさえ嫌になった。
結婚に辞める予定だった農協の臨仕事はそのまま続けることになった。机に向かって伝票を理していると、同僚の女性が気遣うように、
「無理に続けなくてもいいんじゃない」
と言った。
何が無理なのか分からなかった。
働くことか。
の目に晒されることか。
子は笑って、
「丈夫」
とだけ答えた。
浩とは会わなくなった。
度だけが届いた。
《俺は今でも子が悪いとはっていない》
《でもを背負うとして、親に逆らえなかった》
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《もっと違う形があったんじゃないかとう》
子は最まで読んだ。
返事はかなかった。
浩が全部悪いとはっていない。
それが番つらかった。
のでは、浩の考えの方が普通なのだ。
自分の。
商売。
評判。
嫁に来る女の内。
皆が当然のように、それらを秤へ載せる。
姉を切るだけで全部守れるなら、なぜ切らないのか。
子自も、最初はそう考えた。
だから誰かを責めきれなかった。
その頃、文から最初のが届いた。
《横浜のへ入りました》
《ミシンはまだです》
《寮は部です》
《夜になると隣のの寝言がうるさいです》
それだけのいだった。
赤線のことも、破談のこともいていない。
子は何度も読み返した。
返事をいた。
《こちらは梅が終わりました》
《信夫は鉄所へ通い始めました》
《私は農協にいます》
最に、
《破談になりました》
といた。
そのだけ、何度もいて消した。
翌週、文から返事が届いた。
《馬鹿》
最初の言だった。
子はわず笑った。
続き。
《私のために結婚やめたならるよ》
《でも、子が自分で決めたなら、仕方ないね》
《今度会った、泣かずに話してください》
子はそのを胸へ当てた。
姉は自分を救われただとっていない。
自分の犠牲へ報いるために、妹も犠牲になれとは言わない。
父とは違う。
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その事実が、子には救いだった。
弟の信夫も変わっていた。
町の鉄所へ通い始め、朝く自転でて、暮れに油の匂いをつけて帰ってくる。以は父の話をよくしたが、文のことをってから、仏壇のへ座ることがなくなった。
ある夜。
子が台所で洗い物をしていると、庭から槌の音がした。
てみると、信夫が古い札を削っていた。
父が、物置へ打ち付けていた名札だった。
《清蔵》
「何してるの」
「腐ってるからした」
「捨てるの?」
「分からない」
信夫は槌を置いた。
「俺、お父ちゃんのこと、すごいだとってた」
子もそうだった。
戦争から帰ってきた。
で働いた。
を建てた。
厳しかったが族のためだとっていた。
「俺の入院代、姉ちゃんがしたって聞いてから、ずっと考えてた」
信夫は俯いた。
「俺が病気しなかったら姉ちゃん帰れたのかな」
子はすぐ言った。
「それは違うよ」
「でも」
「信夫は9歳だったんだよ」
「姉ちゃんだって17だった」
その言葉に、子は黙った。
17歳。
今の信夫と同じだった。
を救え。
弟妹を守れ。
を送れ。
帰るな。
17歳の娘へたちが押しつけた。
子は初めて、その異常さを実した。
「俺だったら無理だ」
信夫が言った。
「今京って、のために何も働けって言われても無理だ」
「姉ちゃんも無理だったんだよ」
子は答えた。
「無理なのにやったんだとう」
信夫は札を裏返した。
「姉ちゃんに何か返せないかな」
「返すって?」
「」
「姉ちゃんるよ」
子はし笑った。
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