"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第10話
8。
来てほしかった。
来なかった。
今さら来られても、簡単にはべない。
は何も言わず、呂敷を差しした。
には、文が17歳のに着ていた古い着物が入っていた。
紺にさない。
京へく、祭りのに着たものだった。
「まだ持ってたの」
「捨てられなかった」
「何で?」
「帰ってくるとってたから」
文は母を見た。
「迎えには来なかったのに?」
は答えられなかった。
「ごめんなさい」
また謝った。
文は言った。
「それしか言うことないの?」
は泣いた。
「私、どうしたらいいか分からない」
文は初めて、母へ鳴った。
「私だって分からなかったよ!」
のだった。
が通る。
それでも止まらなかった。
「17歳だったんだよ! 何すればいいか分からなかった! 帰っていいかも分からなかった! 助けてっていたでしょう!」
は泣きながら頷いた。
「読んだ」
「読んで来なかった!」
「ごめん」
「私、お母ちゃんが来るのずっと待ってた!」
声が震えた。
「最初の、毎だった!」
はそのでをげた。
文は母を起こさなかった。
許したとも言わなかった。
ただ、古い着物だけは受け取った。
「これは私が持つ」
が顔をげた。
「うん」
「でも、それで全部終わったとはわないで」
「分かってる」
「私も、すぐお母ちゃんの娘に戻れるか分からない」
は頷いた。
母娘の関係は、そのからしずつ始め直された。
広告
元に戻ったのではない。
しく作り直した。
昭34の、子にしい縁談が来た。
相はから汽で駅れた町で、学の用務員をしている青だった。
名は吉岡達夫。
27歳。
父親はくなり、母と妹がいる。
決して裕福ではない。
田のような派なもない。
は最初、
「もう無理に結婚しなくてもいい」
と言った。
子は笑った。
「私も無理にはしないよ」
仲を通じ、達夫と会った。
背がいわけでも、話がうまいわけでもない。緊張すると湯呑みを何度も触る癖があった。
度目に会った、子は言った。
「話しておきたいことがあります」
達夫が姿勢を正した。
「姉がいます」
子は最初から全部話した。
8。
京。
赤線。
の借。
母。
破談。
隠さなかった。
達夫はい黙っていた。
子の胸はたくなった。
また駄目かもしれない。
それならそれでいい。
今度は最初からってもらう。
やがて達夫が聞いた。
「お姉さんは、今は何をしてるんですか」
「横浜の縫製です」
「そうですか」
「それだけ?」
「に何を聞けばいいのか」
子は驚いた。
「昔何をしていたか、気になりませんか」
達夫はし困った顔をした。
「聞いたことは気になります。でも、それで子さんと結婚するか決めるんですか?」
「普通は決めるんじゃないですか」
「普通が分からないです」
達夫はそう答えた。
広告
「うちも父が酒で借を作りました。妹は度しました。それを全部話したら、子さんは僕を断りますか」
子は首を振った。
「なら、同じじゃないでしょうか」
そのの帰り。
子は泣いた。
嬉しかったからだけではない。
まで自分がどれだけ「普通」という言葉に縛られていたか、初めて分かったからだ。
結婚が決まる。
子はつだけ条件をした。
「祝言に姉を呼びます」
達夫は、
「もちろん」
と答えた。
それだけだった。
最初の破談の、子は嫁入り用の桐箪笥を売ろうとした。
姉のが混じっているとうと、自分だけが持って嫁にくことができなかった。
けれど文に止められた。
《私が送ったをつつ追いかけてたら、の物捨てることになるよ》
そういてきた。
《使える物は使えばいい》
《嫌なら自分で働いたをしずつして、別のものに変えればいい》
子はその言葉通りにした。
農協の料を貯め、箪笥の修繕代を自分で払った。
傷を直し、具を交換した。
品ではない。
姉ので買われた過も消えない。
けれど子自のとも加わった。
嫁入りの。
文が横浜から帰ってきた。
箪笥を見て、
「まだこれ持ってくの?」
と笑った。
「持ってくよ」
「たいのに」
「姉ちゃんのおも入ってるから」
文がし嫌な顔をした。
「またそれ言う」
「でも今は、私のおも入ってる」
子は具を指した。
「これ、私が直したの」
文はしばらく見てから、
「じゃあ半分ずつね」
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷
昭和41年春。15歳で集団就職のため上京した正一は、一年ぶりに山形の故郷へ帰る。成長した姿を家族に見せようと胸を弾ませていたが、駅に父の姿はなく、母の手紙には「父さんのことは、帰ってから話します」と記されていた。 家へ戻った正一が知ったのは、父の大怪我と、毎月送っていた仕送りが自分名義で貯金されていた事実。そして、弟・健二が進学を諦め、兄と同じ集団就職の道を選ぼうとしていることだった。 自分が働いた一年を否定せず、それでも弟には自分で人生を選んでほしい。正一の訴えをきっかけに、家族は一人へ負担を押しつけるのではなく、それぞれが支え合う道を探し始める。 故郷と東京、二つの居場所の間で少年が見つけたのは、離れることと失うことは同じではないという答えだった。集団就職の少年と家族の再出発を描く、昭和の成長物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 532 -
完結第12話
十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで
昭和の初め、貧しい山村で育った14歳の正一は、進学を望みながらも、父に決められた料理屋へ住み込み奉公に出される。最初に渡されたのは包丁ではなく、一枚の雑巾だった。 厳しい親方のもとで失敗を重ね、何度も帰郷を考えた正一。しかし、一本の古い包丁と、客からもらった「うまい」の一言が、少年の人生を変えていく。家の事情で始まった奉公は、やがて自ら選び直した料理人への道となった。 戦争、結婚、独立、店の経営、弟子との出会い。そして息子が14歳になった時、正一は自分が奪われた「人生を選ぶ権利」を、息子へ渡す決断をする。 始まりは選べなくても、途中から道は選び直せる。一本の包丁とともに昭和を生きた料理人の、長い人生を描く物語。時代|歴史|昭和1.8万字5 998 -
完結第14話
昭和40年、15歳で東京へ出た少年
昭和という時代は、遠い昔の出来事のようでいて、実はまだ私たちのすぐ隣に息づいています。ふと街角で漂う夕餉の匂い、遠くで響く電車の踏切の音、あるいは夕暮れの光が窓辺を茜色に染める瞬間、不意に胸の奥底で目覚める記憶があります。それは個人のアルバムの片隅にある色褪せた白黒写真のようでありながら、触れれば今なお温かい温度を保っています。 昭和四十年(一九六五年)春。 日本の各地にある名もなき小さな駅のホームには、同じ年頃の少年少女たちが立ち尽くしていました。十五歳。義務教育である中学校を終えたばかりの少年たちが、生まれて初めて親元を離れ、見知らぬ巨大都市・東京へと向かう朝でした。 ここに、ひとりの少年がいます。名を「ミノル」としておきましょう。 ミノルという名は、当時の日本中どこにでもあった平凡な名前です。そして、彼が辿った道筋もまた、特別な英雄の叙事詩ではなく、あの時代を懸命に生きた何十万人もの少年少女たちが共有した、どこにでもあった人生の縮図でした。だからこそ、この物語はミノルひとりだけのものではありません。かつて故郷の駅で見送られたあなた自身の物語かもしれず、あるいは黙々と働きづめで背中を丸めていたあなたの父や母、祖父母が歩んだ足跡そのものかもしれません。 今夜は、時計の針の音を少し遠くに押しやり、部屋の明かりを少しだけ落として、かつてこの国の土台をその小さな手で支えた少年たちの軌跡に、静かに耳を澄ませてみてください。時代|昭和|真相2.1万字5 677 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 6436 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 120