"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第11話
と笑った。
祝言の。
文は族として座った。
隠れなかった。
の隣ではない。
しれた席。
まだ母との距は残っていた。
それでも同じのとして、名を呼ばれた。
のには、ひそひそ話すもいた。
けれど子は聞こえないふりをしなかった。
聞こえても、そのまま座っていた。
達夫は文へ酒を注いだ。
「子さんから、よく話を聞いています」
文は笑った。
「悪ばっかりでしょう」
「半分くらいは」
「じゃあ体ってる」
で笑った。
はしれたところから、その景を見ていた。
涙を拭っていた。
結婚も、子は実とき来した。
達夫は母との同居を求めなかった。
は信夫とで暮らし、信夫が結婚するまでは今のを守ると言った。
あるの。
文が帰省した。
父の墓参りへくと言う。
子はだった。
「くの?」
「回くらいちゃんと話しとこうとって」
で墓へった。
信夫もついてきた。
墓へを置く。
線をげる。
文はをわせなかった。
しばらく墓を見た。
「お父ちゃん」
子と信夫はしれた。
「私、ずっとあんたのことんでた」
文は静かに言った。
「今も許してない」
が吹いた。
墓の杉が鳴った。
「でも、あんたのせいだけにするのもやめる」
子は姉の背を見た。
「お母ちゃんも黙った。もああいう代だった。
広告
のもいた。私も途から諦めた」
文は墓へ触れた。
「だからって、あんたのしたことが消えるわけじゃないよ」
し笑った。
「娘売って守った気になってたけど、結局族ばらばらになったじゃない」
信夫が目を伏せた。
文は線を本だけてた。
「これで終わり」
子が聞いた。
「許すの?」
「許さないよ」
文は振り返った。
「でも毎むのはやめる」
その言葉を聞いて、子は姉が本当に父の支配かられ始めたのだとった。
昭36。
文は横浜の縫製を辞めた。
悪い理由ではなかった。
で働き、裁断と仕ての技術を覚え、さな裁から声をかけられた。
料はしがる。
寮はなければならない。
文は迷った。
昔なら、しい所へ移ること自体が怖かった。
誰かに決めてもらわなければけなかった。
けれど今回は自分で決めた。
子へ届いたには、
《自分から仕事を辞めるの、初めてです》
といてあった。
子はその文を何度も読んだ。
京のをたは、法律との閉鎖がきっかけだった。
横浜のも、活をて直すために入った。
今回初めて、
「こっちの仕事がしたい」
という理由でいた。
子は返事に、
《おめでとう》
といた。
何がおめでたいのか説しなかった。
文には分かるとった。
と文の関係が、本当に変わったのはさらにだった。
広告
が病気で倒れた。
い病気ではなかったが、週ほど寝込んだ。
文が横浜から帰ってきた。
「忙しいなら来なくていい」
が言った。
「昔のお母ちゃんだったら、来てって言わなかったね」
文が布団を直した。
は苦笑した。
「今も言えない」
「じゃあ勝に来る」
文は、母の世話をした。
昔のように娘へ戻ったわけではない。
論もした。
が慮しすぎると、
「くらい頼んで」
と言った。
夜。
きりになった、が言った。
「文」
「何」
「私、ずっと番謝らなきゃいけないこと、違えてた」
文が母を見た。
「迎えにかなかったこと?」
「それも」
は井を見た。
「でも、番はね。あんたが帰りたいって言った、私は自分が困ることばっかり考えた」
文は黙った。
「を失うこと。子の縁談。信夫。所。お父ちゃんに逆らうこと」
の声が震えた。
「度も、『文がどれだけ怖いか』を先に考えなかった」
文の目が潤んだ。
「だから、あんたはずっとだった」
は初めて、言い訳をつけずに謝った。
「ごめんなさい」
文はすぐ答えなかった。
いが過ぎた。
やがて母のを取った。
「私、もう25じゃないよ」
当、文は30歳を越えていた。
がし笑った。
「ってる」
「8、返してもらえないからね」
「うん」
「でも、これからのなら緒に使える」
は泣いた。
文も泣いた。
子が翌朝へ来ると、は同じ部で朝飯をべていた。
何があったかは聞かなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷
昭和41年春。15歳で集団就職のため上京した正一は、一年ぶりに山形の故郷へ帰る。成長した姿を家族に見せようと胸を弾ませていたが、駅に父の姿はなく、母の手紙には「父さんのことは、帰ってから話します」と記されていた。 家へ戻った正一が知ったのは、父の大怪我と、毎月送っていた仕送りが自分名義で貯金されていた事実。そして、弟・健二が進学を諦め、兄と同じ集団就職の道を選ぼうとしていることだった。 自分が働いた一年を否定せず、それでも弟には自分で人生を選んでほしい。正一の訴えをきっかけに、家族は一人へ負担を押しつけるのではなく、それぞれが支え合う道を探し始める。 故郷と東京、二つの居場所の間で少年が見つけたのは、離れることと失うことは同じではないという答えだった。集団就職の少年と家族の再出発を描く、昭和の成長物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 532 -
完結第12話
十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで
昭和の初め、貧しい山村で育った14歳の正一は、進学を望みながらも、父に決められた料理屋へ住み込み奉公に出される。最初に渡されたのは包丁ではなく、一枚の雑巾だった。 厳しい親方のもとで失敗を重ね、何度も帰郷を考えた正一。しかし、一本の古い包丁と、客からもらった「うまい」の一言が、少年の人生を変えていく。家の事情で始まった奉公は、やがて自ら選び直した料理人への道となった。 戦争、結婚、独立、店の経営、弟子との出会い。そして息子が14歳になった時、正一は自分が奪われた「人生を選ぶ権利」を、息子へ渡す決断をする。 始まりは選べなくても、途中から道は選び直せる。一本の包丁とともに昭和を生きた料理人の、長い人生を描く物語。時代|歴史|昭和1.8万字5 998 -
完結第14話
昭和40年、15歳で東京へ出た少年
昭和という時代は、遠い昔の出来事のようでいて、実はまだ私たちのすぐ隣に息づいています。ふと街角で漂う夕餉の匂い、遠くで響く電車の踏切の音、あるいは夕暮れの光が窓辺を茜色に染める瞬間、不意に胸の奥底で目覚める記憶があります。それは個人のアルバムの片隅にある色褪せた白黒写真のようでありながら、触れれば今なお温かい温度を保っています。 昭和四十年(一九六五年)春。 日本の各地にある名もなき小さな駅のホームには、同じ年頃の少年少女たちが立ち尽くしていました。十五歳。義務教育である中学校を終えたばかりの少年たちが、生まれて初めて親元を離れ、見知らぬ巨大都市・東京へと向かう朝でした。 ここに、ひとりの少年がいます。名を「ミノル」としておきましょう。 ミノルという名は、当時の日本中どこにでもあった平凡な名前です。そして、彼が辿った道筋もまた、特別な英雄の叙事詩ではなく、あの時代を懸命に生きた何十万人もの少年少女たちが共有した、どこにでもあった人生の縮図でした。だからこそ、この物語はミノルひとりだけのものではありません。かつて故郷の駅で見送られたあなた自身の物語かもしれず、あるいは黙々と働きづめで背中を丸めていたあなたの父や母、祖父母が歩んだ足跡そのものかもしれません。 今夜は、時計の針の音を少し遠くに押しやり、部屋の明かりを少しだけ落として、かつてこの国の土台をその小さな手で支えた少年たちの軌跡に、静かに耳を澄ませてみてください。時代|昭和|真相2.1万字5 677 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 6436 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 120