"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第12話
聞かなくても分かった。
文はそのも、自分の過を誰にでも話したわけではなかった。
「隠さないこと」と「全部説すること」は違う。
それを子は姉から学んだ。
の誰かに、
「京では何してたの」
と興本位で聞かれた、文は、
「いろいろ」
とだけ答えた。
相がさらに聞くと、
「あなたに説する必ある?」
と言った。
以の文なら、黙って笑っていた。
今は違う。
話す相を自分で選ぶ。
話したくないことは話さない。
それもまた、自分のを取り戻すつの形だった。
子にも娘がまれた。
名を美代とつけた。
文が初めて抱いた、赤ん坊は声で泣いた。
「嫌われた」
文が困った顔をする。
子は笑った。
「姉ちゃんの顔が怖いんじゃない?」
「失礼な妹だね」
が隣で笑った。
文は赤ん坊を抱き直した。
「美代ちゃん」
さな声で話しかける。
「きくなったら、嫌なことは嫌って言いなさいよ」
子が言った。
「産まれたばっかりだよ」
「めに教えないと」
皆が笑った。
玄関の戸はいていた。
誰も文をへ置かなかった。
が経ち、子は々、あののことを考えた。
失ったものはい。
最初の婚約。
浩との未来。
での評判。
父への尊敬。
母を「何でも守ってくれる」だと信じる気持ち。
族は善で結ばれているという、子どものような。
けれど、得たものもあった。
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姉の本当の。
母のさ。
父の過ち。
自分が何を選び、何を選ばないかを決める覚。
あの、姉を隠したまま田へ嫁いでいたら、子はもっと楽に暮らせたかもしれない。
広い。
定した商売。
世から「いいところへ嫁いだ」と言われる。
それも幸せだった能性はある。
子は、それを否定しなかった。
ただ、どこかで姉の話がるたびに怯えただろう。
子どもへ伯母のをどう説するか悩んだだろう。
文が病気になっても、「嫁ぎ先にられるから」と会いにけなかったかもしれない。
その活は、から見れば派でも、自分のではいつか苦しくなったとう。
だから子は、破談を美談にはしなかった。
勇気ある選択だったともわない。
ただ、自分にはあれしか選べなかった。
それだけだった。
昭41。
文が8ぶりに帰ってきたあのから、さらに8が過ぎた。
子は30歳になっていた。
娘の美代は学へ入り、信夫も結婚して実のくへを建てた。はを取り、以より背がさくなったように見えた。
文は横浜で裁の仕事を続けていた。
結婚はしていない。
「しないの?」
と子が聞いたことがある。
文は、
「したくなったらする」
と答えた。
それ以は聞かなかった。
その。
文が久しぶりに帰省するが来た。
子と美代も実へった。
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は朝から落ち着かなかった。
何度も玄関を掃き、庭を見ては、
「汽、着いた頃かね」
と呟く。
子は笑った。
「8みたい」
の顔がし曇った。
「あののこと、忘れないね」
「忘れないよ」
「そうだよね」
しばらくして、のから声がした。
「ただいま」
文だった。
さな旅鞄を持っている。
8と同じような姿なのに、まったく違って見えた。
痩せた頬には健康なが戻り、裁で仕てたらしい紺のを着ている。
は玄関にった。
子は瞬、8の景をいした。
の套。
革鞄。
母の背。
《帰ってきちゃだめ》
けれど今、戸は最初からいていた。
は何も言わず、し横へ退いた。
文が笑った。
「何?」
「入って」
「言われなくても入るよ」
文は靴を脱ぎ、当たりのように敷居をまたいだ。
美代が駆け寄った。
「文おばちゃん!」
「はいはい」
「お産は?」
「まず挨拶でしょう」
「お産!」
文が笑いながら鞄をける。
はその姿を見ていた。
目がし潤んでいる。
けれど泣かなかった。
子はった。
族というのは、同じ根のにいるから族なのではない。
血がつながっているから、何をしても許されるわけでもない。
を切り捨てて、残っただけで形を守ることでもない。
8。
は娘を玄関から歩も入れなかった。
16。
父と母は17歳の娘が助けを求めても迎えにかなかった。
それでも、は選び直すことができる。
失ったは戻らない。
したことも消えない。
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