"毎月7000円を隠していた夫の20年の秘密" 第6話
文子が差しした受領証の所を覗き込むと、すぐにポンとを打った。
「ああ、原の本さんとこね。旧をりて、井川の堤防のをに曲がったところですよ。駄菓子の板がてるから、すぐに分かる」
「駄菓子さん……ですか?」
「そう、清司さんとこ。の悪い息子さんが計の修理をやっててね、お母さんの子さんが番をしてる。奥さん、京からのお客さんかい? 珍しいね」
文子の臓が、鐘を打った。
息子。
の悪い、息子。
「あの……その息子さんは、おいくつくらいの方でしょうか」
「いくつだったかな……確か、今でかになるはずだよ。俺が子どもの頃からずっと、あのでカチコチ計を直してたからね」
巡査に礼を言い、交番をた文子は、駅広の段に座り込みそうになった。
か。
昭雄と同いではないか。
でも、隠し子でもない。昭雄と同じ頃の、の自由な男とその母親。
体、昭雄は何と繋がっているのか。の昭28、あの男のに何が起きていたのか。
ち込める謎の圧に押し潰されそうになりながら、文子は旧の緩やかな坂を、井川の原へ向けて歩きした。
旧のを残す細いには、古い連子格子の並みが続いていた。折すれ違う茶摘み姿の農婦たちが、見慣れない京のなりをした文子を珍しそうに振り返る。
広告
井川の青い流を望む堤防のすぐに、目指す平のはあった。
築は経っていそうなトタン葺きの根。軒先には赤錆びた円形の郵便ポストがち、格子窓にはきの「たばこ」「塩」「文具」の札が揺れている。の先には、ガラス瓶に入ったニッケ玉や酢イカ、くじ付きのブロマイドが雑然と並べられていた。
の奥からは、属をさく叩くような規則正しい乾いた音が響いていた。
チーン、チーン、トントン。
計のゼンマイを調するような、微細で張り詰めた音。
文子は軒先でち止まり、乱れた息をえた。胸元のハンドバッグを握りしめ、を決して引き戸にをかけた。
ガラガラと、油の切れた戸がい音をてた。
「ごめんください」
音は止まった。奥の暗いがり框の向こうから、擦りの音とともに、の老婦が姿を現した。
腰がく曲がり、染めの綿の着物にい割烹着をねている。髪をきっちりと櫛で撫でつけ、のろでさな髷にまとめていた。代半ばといったところだろうか。柄で痩せ細っていたが、その差しには、いをでき抜いてきた者特の、凛とした静けさがあった。
「はいはい、いらっしゃい……おや、所の方じゃありませんね。おタバコですか?」
子と名乗るはずのその老婦は、懐こい笑顔を浮かべてへりてきた。
広告
文子は喉の奥がカラカラに乾き、声がなかった。
バッグのから、震えるであの受領証の束を取りした。武蔵野郵便局の朱の判、毎千円、昭28からの。
文子はそれを両で差しし、掠れた声で告げた。
「……突然、申し訳ございません。京の鷹から参りました。佐々昭雄の、妻でございます」
老婦の笑顔が、氷が張るように止まった。
線が文子の顔から、差しされた受領証の束へと落ちる。
次の瞬、老婦の腰がさらにく折れ、膝ががたがたと震え始めた。
「……昭雄さんの……奥さん……」
子のから漏れたのは、鳴ではなかった。それは、ずっと待ち続けていた、あるいは恐れ続けていた審判のが、ついに訪れたことを悟ったの、いため息のような響きだった。
子はに膝をつき、両を擦り切れた敷についた。
「よく……よく、おいでくださいました……。本当に、申し訳ありませんでした……」
面に額を擦り付ける老婦の姿に、文子は息を呑んだ。
み言をぶつける相を失ったりが、宙に浮いて散していく。
「おばあさん、をげてください! 私は……私はただ、真実をりたいだけなんです! なぜ夫が、あなたにもおを送り続けていたのか、それを聞きに来ただけなんです!」
文子が叫ぶように言うと、奥の作業から、ガチャリとい属の擦れる音が響いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
配給米を隠す母の秘密
昭和22年。父が戦地で消息を絶った佐藤家では、16歳の正一が働いて家計を支えていた。そんな中、母の静江が配給の米を毎月一升ずつ隠していることに気づく。弟の茶碗にだけ白米が多いのを見て、正一は「自分だってまだ子どもなのに」と傷ついた。 ある夜、米を持って出かける母を追うと、駅裏の仮設住宅にいたのは、帰らないと思っていた父・清一だった。復員後に病気と足の障害を抱えた父は、家族の食べる分が減ることを恐れ、家へ戻れずにいた。 正一は父を迎え、家族はそれぞれにできる仕事を探しながら暮らしを立て直していく。母が米袋に書き続けた「一升」の記録には、苦しい時代にも父を家族のままにしておこうとした思いが残っていた。時代|歴史|昭和2.2万字5 0 -
完結第14話
私の退職金を奪った家族に、私は何も言わず家を出た
妊娠中の麻衣が13年間勤めた会社を退職すると、夫の竜太は退職金420万円を無断で義母の口座へ送金した。「嫁の金は家のために使うもの」と言う義母。返金を求めた麻衣に、夫は「文句があるなら出ていけ」と告げる。 麻衣は実家へ戻り、保存していた送金記録を持って弁護士に相談する。返還を求められた義母は「預かっただけ」と主張するが、自ら提出した口座明細には、夫の奨学金を返すために動かした60万円の記録が残っていた。 420万円を取り戻しても、麻衣は壊れた信頼まで元に戻ったとは思えなかった。離婚後、娘を産み、かつての職場へ復帰する。誰に許可を求めることもなく、自分で稼いだお金の使い道を、自分の手帳に書き込んでいく。嫁姑|夫婦|金銭問題2.2万字5 36 -
完結第11話
昭和三十九年、父の止めた記事が暴いた新聞記者親子の真実
オリンピック開幕を控えた昭和39年。新人記者の達也は、少女工員たちの過酷な労働を告発する記事を書いた。だが、記者である父・誠一は「この記事は落とせ」と命じる。達也には、父が弱い人々を見捨てたように思えた。 父には、かつて事実だけを報じ、その背後にあった家族の事情を知る前に一家の暮らしを壊してしまった悔いがあった。達也も取材を重ね、工場が倒れれば故郷へ仕送りする工員たちが職を失うこと、社長も元請けの厳しい条件に追い詰められていることを知る。 それでも少女たちの苦しみは消えない。達也は父とともに、工場だけを責める原稿を書き改める。少女たちの声と工場の実情、元請けの責任を伝えるため、締め切りまでの四時間、再びペンを走らせた。時代|歴史|昭和1.7万字5 0 -
完結第14話
「お前には継がせない」と言った父が、最後まで守り続けたもの
昭和31年、佐々木商店を継ぐため東京での就職を断った長男・一郎に、父の源三は「店は健二に渡す」と告げた。理由を聞けないまま一郎は家を出て、父と距離を置く。 数年後、客足の減った店に戻った一郎は、父が商店街の先行きを案じ、自分を家業に縛らないために送り出したと知る。しかし、父の判断を理解しても、弟だけに店の重荷を負わせたことは見過ごせなかった。 一郎は東京で学んだ工夫を持ち込み、昔からの客に向けた電話注文と配達を始める。店のやり方をめぐって父とぶつかりながらも、源三が築いた信頼を次の時代へつなごうとする。時代|歴史|昭和2.1万字5 3