"昭和三十九年、父の止めた記事が暴いた新聞記者親子の真実" 第3話
「父さん。昭の、川の米穀の記事を読みました」
誠の背が、わずかに張った。煙を取りそうとした父の指先が、空で瞬止まる。
「……読んだか」
「あの主は、記事がた週に運にび込んで自殺したんですね。族も散した。……父さんは、自分がいた記事でを殺したから、僕の記事を止めたんですか」
達也は父の目をまっすぐに見据えた。
「昔の自分の失敗を、僕に投しているだけじゃないですか。自分が傷つくのが怖いから、僕にも同じを通らせまいとしている。それは記者の矜持じゃない、ただの逃げだ!」
誠はゆっくりと振り向き、煙にマッチでをつけた。の煙が、に流れていく。
「達也。あの主はな、確かにヤミ米を扱っていた」
誠の声は、驚くほど静かだった。
「隣のヤミ商から米を仕入れ、正規の配伝票を偽造して客に売っていた。当の糧管理法に照らせば、な犯罪だった。俺は証拠を掴み、警察よりも先に記事にした。スクープだったよ。社の幹部連は俺を褒め称え、ボーナスもた」
誠は煙を皿に押し付けた。
「だがな、から分かったんだ。あの主には、結核で寝たきりの妻と、の幼い子どもがいた。配米の数料だけでは、価なストレプトマイシンを買うがどうしても面できなかった。
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ヤミ米にをしたのは、妻の命を繋ぐためだったんだ。……それだけじゃない。あの男は、仕入れた米を所の戦災孤児や、飢えた母子庭に、原価以のただ同然の値段で密かに配っていたんだ」
のが、達也の髪を乱した。
「俺は、その事実を何ひとつらなかった。ろうともしなかった」
誠の瞳に、い苦渋が滲んでいた。
「『ヤミ米の横流し』という面の事実だけを切り取り、正義の剣を振り回して面で断罪した。記事がた翌、のには罵声を浴びせる群衆が集まり、子どもたちは学で『犯罪者の子』とを投げられた。そして週、男は遺も残さずにを投げた。妻は薬が途絶えてもなくに、子どもたちは散り散りになって方がれなくなった」
誠は達也に歩づいた。
「俺の記事は、事実としては違っていなかった。の誤報もなかった。だがな、達也……俺は事実をきながら、そこにきていたの活を、命を、まるごと圧殺したんだ」
「でも……!」達也は叫んだ。「今回の絹紡は違います! 苦しんでいるのは、若い女の子たちなんです! 彼女たちを見殺しにするのが、父さんの言うの責任なんですか!」
「おは、自分が正しいと信じ切っている」
誠はややかに達也を見つめた。
「おは俺より真面目だ。嘘を憎み、悪を許さない。
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だからこそ、怖いんだ。……正しい記事ほど、を残酷に殺すものはないんだよ」
父はそれ以何も言わず、階段をりていった。
残された達也は、青空のでち尽くしていた。父の過の傷のさは理解できた。しかし、だからといって目のの正から目を背ける理由にはならない。
「僕は、逃げない」
達也は拳を固く握りしめ、墨田のへ向かうため、を駆けりた。
が吹き抜ける墨田区の運沿い。トタン板の塀に囲まれた「絹紡」のからは、ガシャリ、ガシャリと規則正しく織りが布を織りげる鈍い音が響いていた。
達也はの裏のく、古びた衆堂の片隅で、張り込みを続けていた。
昼過ぎ、の通用から、柄な女がゴミ袋を抱えててきた。油で汚れた綿の作業着に、い角巾。顔は青く、は針のように細い。達也はすかさず駆け寄り、帳をした。
「絹紡の方ですね。しだけ、お話を聞かせていただけませんか。聞の佐伯です」
女は怯えたように目を丸くし、ゴミ袋を落としそうになった。
「し、聞さん……? だめです、見つかったらられます」
「お願いです。分でいい。あなたがたがどんな環境で働かされているか、本当のことを教えてほしいんです。助けたいんです」
達也の必の形相に気圧されたのか、女はおずおずと堂の裏にある物へとを運んだ。
女の名は、森初、歳。
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