"消えた姉と18年後の手紙" 第1話
昭39411の夜、野駅のには、先特の湿った気が淀んでいた。
本線や信越本線から吐きされる夜列が本着くたびに、改札はきな呂敷包みやトランクを抱えた々で溢れ返った。こののに控えた京オリンピックの建設需と、急拡を続ける製造業の現へ向けて、方の農やから無数の若者が集団就職列で送り込まれていた代である。
荷物扱所、いわゆる「チッキ」の引き渡し窓のには、荒縄で字に縛られた柳李や箱が、まるで防波堤のようにうずたかく積まれていた。
「佐子さん、潟からの佐子さんの荷物はこれだな」
詰襟の制を着た初老の駅員が、荷札の針を確かめながら、埃を払うように麻布で表面を擦った。
濃紺の綿呂敷で包まれた頑丈な柳李。側面の荷札には、墨黒い文字で『信越本線・越湯沢駅発 野駅気付 佐子殿』と記されていた。しかし、夜の夜列「越」が野の終点ホームへ滑り込んでから丸が過ぎようとしているにもかかわらず、その荷受は姿を現さなかった。
受取先として指定されていたのは、台区にあるさな裁「ミツワ裁」だった。主の女性がそうな面持ちで駅の荷物係へ問いわせを入れてきたのは、翌の夕方のことだった。
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み込みの見習いとして野駅の改札で迎えるはずになっていたが、指定の列からりてきた乗客のに、写真で送られてきていた19歳の娘の姿はなかったという。
潟県魚沼郡のあいに位置するさな集落、の茶のに野駅からの報が届いたのは、413の朝だった。
『サワコ トウチャクセズ ニモツノミ ウエノエキニアリ』
文を握りしめた母のタエは、そのにへたり込み、腰を抜かしたように畳を叩いた。父の正は、無言のままくたびれた作業着を脱ぎ捨て、張羅の背広を羽織って野きの昼急へとび乗った。
野駅の鉄公の暗いで、正と京した親類が見届けたのは、確かに旅ちのに族全員で見送った、あの柳李だった。
公官のち会いのもとで荒縄が解かれ、蓋がけられた。
には、タエが夜なべをして縫いげた絣の綿入れ、京の気候にわせて調した淡い黄のブラウス、の卒業記に買ったセルロイドの箱、そして族で町の写真館で撮ったつ切りの記写真が、寸分の乱れもなく然と収められていた。裁の仕事に使うための真鍮の握り鋏と尺も、油に包まれたまま底に敷かれていた。
まるで、これから始まるしい活への準備を、几帳面なまでに完璧に揃えたまま、持ち主だけがから抜け落ちてしまったかのようだった。
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しかし、李の隅の李紐に挟まれていたはずの、さな信玄袋だけが消失していた。
タエが持たせた当面の千円が入ったがまの財布。
正が役へってしく作らせた印鑑。
そして、み込み先へ提するために持たせた、戸籍謄本と民票の写し。
「お父さん、これは事件というより……ご本が自分ので、別の所へかれた形跡がありますね」
鉄公官の静かな言葉に、正は真っ赤に充血した目を剥き、激しい勢いで机を叩いた。
「馬鹿なことを言うな! 佐子はそんな子じゃない! 弟をへかせるために、自分が京で働いて仕送りをすると、あんなに嬉しそうにてったんだ! 誰かに騙されて連れられたに決まっている!」
正の号は、吹き抜けの通へと虚しく吸い込まれていった。
警察による捜索願がされ、潟の元警察と警庁による照会が始まったが、19歳の佐子の取りは、越湯沢駅の改札を境に、完全に煙のように消え失せていた。
佐子がをるまでの数ヶ、の卓は常に、弟・浩の学というい現実で覆い尽くされていた。
浩は当、学3。先が器用で、学の成績も良く、町にある県町への学をく希望していた。
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