"消えた姉と18年後の手紙" 第2話
しかし、先祖代々の僅かな棚田と、の稼ぎだけでいつないでいるの台所事では、の子どもを同に級学へ通わせる余裕などどこにもなかった。
父の正は、所の寄いや田植えの端で、事あるごとに煙管の煙を吐きながら誇らしげに語っていた。
「佐子は器量もいいし、先も利く。京の野にある裁で、み込みで雇ってもらえることになった。あいつが京でに千円でも仕送りをしてくれれば、浩をへやって、ゆくゆくは潟の学へだってかせてやれる」
佐子はその言葉を、いつも台所で米を研ぎながら、あるいは囲炉裏の薪をしながら、背で聞いていた。
度たりとも、嫌だとは言わなかった。
昭19、戦争のが濃い代に女としてまれ、物がついた頃から背に幼い弟をおぶって育った。母のタエが野良仕事で腰を痛めれば、学から帰るなりで炊事をし、夜は内職の藁履を編むのが当たりだった。「女だから」「姉だから」という言葉は、佐子にとって疑う余のない自らの輪郭そのものだった。
発の、浩は学から帰ると、佐子が自の机でに古びたをハサミで切っているのを見かけた。
「姉ちゃん、何してんだ?」
覗き込むと、それは婦雑誌の付録についていた、裁の型だった。
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「浩、これ見て。衿の形をし丸くするだけで、野暮ったいがこんなに綺麗に見えるんだよ。京へったらね、裁の先について、型の引き方をから教えてもらうの」
佐子の目は、の解けのように澄んで輝いていた。
「くの仕てになって、浩に番格好いい背広を縫ってあげるからね」
「背広なんかいいよ。それより、京ったらくれよ。京タワーの写真とかさ」
「うん、毎送る。料袋を実へ送るに、必ずいをくから」
それが、姉弟ので交わされた、屈託のない最の会話だった。
昭39410、発のの夕暮れ。越湯沢の駅には、たいがっていた。
正がリヤカーに括り付けて運んできたきな柳李は、駅の荷物扱所で計量され、荷物切符が切られた。正は窓の駅員に何度もをげ、丁寧に荷札を括り付けさせた。
「野まで頼みます。娘の事な荷物ですから」
ホームに入ってきた野きの夜普通列は、汚れた茶の客を連ね、すでに満員にい乗客の気で窓ガラスがく曇っていた。デッキにつ佐子に、タエは聞で包んだ作りの笹団子とゆで卵の包みを差しした。
「佐子、体だけは事にするんだよ。邪を引くんじゃないよ」
佐子は窓越しにくをげ、さく微笑んでいた。
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発のベルが鳴り響き、蒸気関がい汽笛をげて輪を軋ませ始めた、正は窓枠にをかけ、声で叫んだ。
「浩のことは配するな! おがしっかり京で稼いでくれれば、このは泰だ! 励めよ!」
佐子は微だにせず、ただ真っ直ぐに父を見つめ返していた。
その瞳の奥にあったを、当15歳だった浩は、単なる旅ちの緊張と寂しさだとい込んでいた。
列がのトンネルへと吸い込まれ、赤い尾灯が夜の肌へ消えていくまで、族はたいホームにち尽くしていた。そのすでに、姉のを乗せた歯が、族のい描いていたレールから決定にれ始めていたことなど、誰としてる由もなかった。
18というは、の記憶の輪郭を削り落とし、残された族の常を静かに侵していった。
野駅での失踪の、警察の捜査は半らずでき詰まり、には「捜索願」の受理番号が記された褪せた類だけが残された。
母のタエは、毎晩のように玄関の引き戸の鍵をけて寝た。夜、で戸がガタガタと鳴るたびに寝からね起き、「佐子かい」とへ駆けりた。その背はを追うごとにさく丸まり、昭52の、娘の消息をらぬまま、脳溢血でこの世をった。
浩は姉の仕送りの代わりに、正が奔して親類から借り集めた借で町を卒業し、岡内の信用庫へ就職した。
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