"消えた姉と18年後の手紙" 第5話
それらを使って、姉はどこへ向かい、誰としてき直そうとしたのか。
浩は、父の帳に残されていた古いメモの端にあった、かすれた話番号の跡をいしながら、岡きの普通列のいボックス席にを沈めた。
岡駅の繁華は、信濃川の川に晒されてえ切っていた。
昭39当、岡は潟県内における繊維と械業の拠点であり、隣の農からくの若い女性が紡績や縫製所へ集まっていた。
浩は、父の古い引きしの底に挟まっていた、もう枚の片を頼りに歩いていた。それは、昭40頃の岡内の宅図の切れ端で、通りの裏にある角に、赤鉛でさく丸が付けられていた。
『鳥裁研究所』。
図が指し示していた所には、現、鉄筋コンクリート造りの代なビルが建ち、階にはブティックが入っていた。しかし、ビルの脇の細いに、かつての造建築の基礎と、錆びた真鍮のさな板がひっそりと残されていた。
『鳥裁学院 分』。
所の呉で聞き込みをねた結果、浩は郊の老ホームにを寄せている、元学院の鳥志津恵、81歳に辿り着いた。
髪を品に結い、子に座った志津恵は、浩が差しした佐子の写真を見るなり、細い指先を鏡の縁に当てて息を呑んだ。
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「……さん。いえ、あのは『林』と名乗っていらしたかしらね」
「林……ですか?」
「ええ。昭39の4の半ばでしたよ。夜遅くに、ずぶ濡れになった若い娘さんが、荷物つでうちの学院のを叩いたんです。『み込みで、どんな過酷な働きでもします。裁縫の型の引き方を教えてください』って」
志津恵の記憶は、18のの夜を鮮に捉えていた。
佐子は元保証として、偽名の履歴を提していた。しかし、志津恵は、方からてくる女たちを何百も見てきた教育者だった。その娘の張り詰めたような気迫と、澄み切った瞳の奥にある絶望を見抜き、詮索することなく裏方の寄宿舎へ迎え入れたのだという。
「あの子の縫製の技術は、才でしたよ」
志津恵は懐かしそうに目を細めた。
「教本を度見せただけで、体裁断の構造をすべて理解してしまう。朝の4から寄宿舎の掃除を済ませ、夜は針が指に刺さって血がるまで、古い余り布でジャケットの仕てを練習していました。無駄は切叩かず、料をもらっても遊びにくことすらない。まるで、何かに追われているように、ただひたすらに腕を磨くことだけに命を削っていました」
「父が……父の正が、ここへ来たことはありましたか」
浩の問いに、志津恵は静かに頷いた。
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「来ましたよ。あの子がうちへ来てから、ちょうどヶが経った頃でした」
昭396。越湯沢から佐子の取りを追い、岡の裁学を突き止めた正は、あるのの夕方、だらけの靴のまま学院の応接へ踏み込んできたという。
「正さんは、鳴り散らすでもなく、ただ畳のにをついて、『娘を連れ戻しに来ました』と仰いました。ですが……あの子は、正さんと顔をわせようとはしませんでした」
志津恵は、のにてられたい襖越しの対話を、今でも忘れていなかった。
正は襖に向かって、「頼むから帰ってくれ。お母が毎泣いている。浩のの学費だって、俺が体を壊してでも何とかするから」と懇願した。
しかし、襖の向こうから返ってきた佐子の声は、氷のようにたく、乾いていた。
『お父さん。私は、浩のためにまれてきたのではありません』
その言が、正の言葉を完全に断ち切った。
『お父さんは、私に野の裁で働けと言いました。む所も、働くも、毎実へ送る額も、すべてお父さんが決めて、私のを弟の学の具に仕てげました。もし私が、へきたい、自分のを持ちたいと言ったら、お父さんは何と答えましたか? 「浩と分は無理だ、おは女だからしろ」
……そう言いましたね』
襖の向こうで、佐子は度も声を荒らげることなく、淡々と事実を突きつけた。
『私は、を怨んではいません。
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