"消えた姉と18年後の手紙" 第9話
「岡の鳥先のところへび込んで、働きを始めたわ。だけど、ヶが経った頃、お父さんが私を探しして学院の応接まで乗り込んできたのよ」
「……徳治さんから聞いた。父さんは、岡までおを連れ戻しにったんだろ」
「ええ。応接の襖の向こうで、お父さんは畳にを擦りつけて泣いていたわ。『頼むから帰ってくれ、お母が狂いそうになっている、世にも顔向けができない』って」
佐子の声音が、わずかにくなった。
「でもね、お父さんは度も、『おの気持ちに気づいてやれなくてすまなかった』とは言わなかった。お父さんが泣いていたのは、世への体面と、狂いそうになっているお母さんへの申し訳なさのためだけだった。私のを買い叩こうとしていたことへの悔なんて、あのの言葉のどこにもなかった」
だから、佐子は襖をけなかった。
『私は、浩のためにまれてきたのではありません』
その言を突きつけ、仏壇の底にあったあのを襖の隙から滑り込ませた。
「お父さんは、を胸に押し当てて、声をさずに引き揚げていったわ。……そしてその翌朝、私は岡の学院も辞めて、始発の信越線に乗って潟港へ向かったの。陸を使えば、またいつかお父さんの執に見つかるかもしれない。だから私は、を渡って形へ逃げ、そこから仙台へ抜け、最終にこの横浜へ辿り着いたのよ」
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18の逃避の全容。
それは、族のという名の美しい罠から、恵と勇気と労働の力だけを頼りに脱を試みた、の女の凄絶な戦いの記録だった。
浩はを抱え、テーブルのに肘をついて項垂れた。
「……じゃあ、父さんはどうして母さんに真実を言わなかったんだ。おがきて岡にいるとっていながら、どうして母さんを18も、あの暗い玄関で待たせ続けたんだよ」
「お父さんはね、言えなかったのよ」
佐子は静かに席に戻り、めかけた茶のカップを両で包み込んだ。
「自分が娘を追い詰めて、逃げさせた張本だなんて、あのプライドのいお父さんがので認めるわけがないでしょう。それに……もしお母さんに『佐子は自分ので族を捨てて逃げた』と伝えたら、お母さんはもっとく傷ついて、お父さんを涯許さなかったはずよ。お父さんは、お母さんからの憎しみに耐える勇気がなかったの」
「卑怯じゃないか……!」浩の目から、激しい悔し涙が零れ落ちた。「父さんは、母さんを騙し、俺を騙し、自分のメンツを守るために、族全員を18も呪縛のに閉じ込めていたのかよ!」
「浩、それだけじゃないわ」
佐子はちがり、作業台の引きしの奥から、通の古びた茶封筒を取りしてきた。
消印は『昭461014』。
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京オリンピックから、浩がを卒業して信用庫へ就職した翌の消印だった。
差の欄には、震えるような正の自で、『潟県魚沼郡 正』と記されていた。
「横浜で自分のさな仕てを持って目の、このが突然、元町のに届いたのよ。お父さんがどうやって私の居所を突き止めたのかは分からない。けれど……このを読んだ、私は初めて、お父さんを許すことができたの」
佐子は封筒から、黄ばんだ便箋を枚取りし、浩のに広げた。
正の角ばった、しかし晩の衰えをじさせる々しい跡が、便箋の目を埋めていた。
『佐子へ。 浩が無事にをて、町の信用庫に職を得た。 派な背広を着て初勤していく息子のろ姿を見送りながら、俺は玄関の敷居ので、泣いた。 この背広は、本来ならおが着るはずだったものだ。 この息子のは、おの未来をすり潰してに入れた、棒の分けだ。 俺は父親失格だ。おを具としてしか見ることができなかった俺の罪は、どんな獄へっても消えることはない。 横浜で派にを構えていると、の噂で聞いた。 おの腕本で、誰の力も借りずに、お自のを築いたのだな。 頼むから、もうあのには戻ってくるな。
タエには、俺がぬまで真実は言わない。おを孝者として怨ませておく方が、あいつにとってはまだ救いがあるからだ。
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