"廃線駅に殘された最後の切符" 第3話
ただ、番の備考欄にだけ、万のインクが滲んだ、震えるような文字で、たっただけ記されていた。
『見送りに来た母親に、本当のことを言えなかった』
「本当のこと……?」
修は息を呑んだ。 本当のこととは何だ。なぜ、母親に言えなかったのか。 田健は、本当に昭の朝、この駅から京きの列に乗ったのか。それとも、乗っていなかったのか。
修は、誌の綴じ目をさらにめくった。 翌、の記録。 そこには、驚くべき文が記されていた。
【付・り準急列用普通乗券(沢―京都区内)枚、払戻請求なし。旅客乗の疑いにつき、保留扱いとす】
「旅客乗……? 乗っていなかった!?」
修の脳裏で、散らばっていた報が気に繋がろうとしていた。 田健は、京へ向かう列に乗っていなかったのだ。 切符は買われた。改札を通った形跡もある。しかし、何らかの理由ではその列に乗らず、あるいは乗れず、この駅から姿を消した。
そして源吉は、その事実をりながら、見送りに来た母親に「本当のこと」を告げず、列がるのを黙って見送ったのではないか。
バタン。
背で、駅の引き戸がにいた。 たい夜とともに、コートを羽織った源吉が入りにっていた。
その鋭いが、修の元にある古い誌と、机のの切符に向けられた。
広告
「……田。の誌を勝に見るものじゃない」
「駅。田健君は……あの、京へっていないんですね?」
修は逃げずに、源吉の正面にち塞がった。
「母親のサダさんは、息子が京で元気に働いていると信じたまま、失のでくなったと聞きました。町のたちも、健君が逃げしたと噂していた。……でも、駅はっていたんじゃないですか! あの子が列に乗っていなかったことを!」
源吉は眉つかさず、静かにコートを脱いでハンガーにかけた。 そして、机のの切符を指先でつまみげると、自らの胸ポケットへと仕い込んだ。
「田。、国鉄仙台鉄管理局から査定官が来る。この駅のすべての備品を検査し、鍵を本庁へ返納すれば、おのここでの任務は終わりだ。おは来週から、盛岡駅の輸送課へ栄転することになっている。……余計な過に首を突っ込むな」
「余計な過じゃありません!」 修は声を荒らげた。 「俺はこの駅が好きでした。駅が、どんな些細な乗客にもをげて、全を守り続けてきた姿を尊敬していました! だからこそりたいんです。なぜ、廃線になった今朝、あなたがこの切符を机に置いたのか! 『いつか取りに来るがいる』って、誰のことなんですか!!」
源吉の元が、わずかに歪んだ。 それはりではなく、い、底なしの痛みに耐えるような表だった。
広告
「……おには、まだ分からないよ」
源吉はそれだけ言うと、背を向けて駅をてった。 夜のホームに響く、い革靴の音。 その音は、の奥へと吸い込まれるように消えていった。
翌朝、昭。 朝のえ込みの、修が駅へ勤すると、駅ので異変が起きていた。
「おい、田君! 変だ、駅さんが……!」
保線区の作業員が血相を変えて叫んでいた。 事務の畳敷きの宿直スペースで、源吉が胸を押さえたまま倒れていたのだ。 呼吸は荒く、顔は気に染まり、額にはびっしりとや汗が浮いている。急性全の発作だった。
「駅! しっかりしてください!」
修は駆け寄り、すぐさま町の診療所へ救急搬送の配をした。 担架に乗せられ、救急へと運び込まれる際、れゆく識ので、源吉は修の首を骨が軋むほどの力で掴んだ。
「……机の、奥……」 途切れ途切れの、掠れた声だった。
「鍵を……渡すな……。あいつが……あの子が、帰ってくるまで……」
「駅!?」
救急のサイレンがざかり、朝の静寂が再び無駅を包み込んだ。 仙台からの査定官の到着は午に予定されていた。それまでに、駅の私物と類を完全に分別し、引き渡し準備を完させなければならない。
修は震えるで、源吉が首からげていた真鍮の鍵束を握りしめ、事務の奥にある型の耐庫のにった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 199 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 73 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 520 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 124 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 91