"廃線駅に殘された最後の切符" 第5話
源吉の胸が、激しくした。
「だがな……発の直、もうのが息を切らして改札を駆け抜けてきたんだ。……同じ町の、材問の次男坊だった。名は、佐藤信吉といった」
修の記憶の片隅で、微かに何かが引っかかった。 佐藤信吉。材問の息子……しかし、その名もまた、今の町ではにしない名だった。
「信吉の親父はな、終戦直の材バブルで儲けしたが、朝鮮特需の反で莫な借を背負い、ヤクザまがいの融業者に追われていた。は差し押さえられ、散寸だった。……信吉は、父親の借取りから逃げるために、着の着のままで京へびしようとしていたんだ。だが、切符を買うすらなかった」
「まさか……」
「ホームの端で、信吉が健に縋り付いて泣いているのを、俺は信号扱所の窓から見た」 源吉の目から、筋の涙が頬の溝を伝って零れ落ちた。
「信吉は言ったんだ。『俺を京へ逃がしてくれ。追っがすぐそこまで来ている。京のへけば、み込みで働いてを返せる。頼む、切符を譲ってくれ』とな。……健は、信吉の幼馴染みだった。そして、あまりにも根の優しい子だった」
修は息を呑んだ。 「健君は……自分の切符を、信吉に譲ったんですか?」
「それだけじゃない」 源吉は震えるでシーツを握りしめた。 「集団就職列はな、事に提された【名簿】と【就職承諾】がなければ乗れんのだ。
広告
切符を渡すだけでは、信吉は京のには入れない。……健は、自分の元証と就職承諾、そして自分の名そのものを、信吉に貸したんだ」
「名を……!?」
「そうだ。あの朝、沢駅から京へ向かう列に乗り込んだのは、田健という名を騙った、佐藤信吉だったんだよ」
病の図の子音が、けたたましく鳴り響いた。 、町の々が「逃げした」と信じ込み、母親が失のでんでいった真相。 それは、友を救うために自らの戸籍とき先を差しした、歳ののあまりにも無謀で、しい自己犠牲だった。
「じゃあ……本物の健君は、どこへったんですか!?」
修の問いに、源吉は苦悶の表を浮かべ、喉の奥から絞りすように答えた。
「……あの子は、そのの夜の貨物列に潜り込んで、でへ向かった。の炭鉱へくと……俺にそう言い残してな」
昭の夜の景を、源吉は昨のことのように鮮に記憶していた。
最終列がり、いとに閉ざされた沢駅のホーム。 詰襟のボタンを番まで留め、寒さに唇を青くした本物の田健が、駅の裏にっていた。
『駅さん。俺、かなきゃなんねえ』
源吉はの肩を掴み、鳴りつけた。 なぜそんな馬鹿な真似をしたのか。今すぐ警察へき、信吉を連れ戻し、正規の続きで京へけと。
広告
母親がおの送だけをき甲斐にして待っているのだと。
だが、歳のは、真っ直ぐに源吉を見つめ返した。
『信吉のには、ヤクザが押し掛けてるんだ。あいつが町に残ってたら、殺されるか、タコ部に売りばされる。……俺なら、どこへったって体つで働ける。の夕張炭鉱で、元を問わずに雇ってくれる飯があるって聞いた。そこで稼いで、母ちゃんに仕送りするから』
『馬鹿野郎! 元を偽って炭鉱に入るのが、どれほど危険か分かっているのか! ぬぞ!』
『なねえよ。俺、いもん』 は笑った。無理に作った、泣きしそうな笑顔だった。 『駅さん、お願いだ。母ちゃんには……母ちゃんには、俺が京で元気にやってるって言ってくれ。本当のこと言ったら、母ちゃん、信吉の親父さんのところへ鳴り込んじまう。そしたら、信吉のが本当に壊れちまうから』
そして健は、青森きの夜の炭輸送用貨物列の無蓋――真っ黒な炭のの隙へと潜り込み、のへと消えていった。
「……俺は、止められなかった」 病のベッドので、源吉は自らの胸を拳で叩いた。
「駅でありながら……あの子の無謀な嘘を見逃し、汽に乗せてしまった。そして翌朝、駅へやってきたサダさんに、健が元気に京へ向かったと……嘘をついたんだ」
「駅……」
「だがな、田。現実は、そんな甘いもんじゃなかった」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 199 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 73 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 520 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 124 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 91