"廃線駅に殘された最後の切符" 第8話
「沢駅は……をもって、廃線になりました。本源吉駅は、あなたがこれを取りに来るのを、、毎朝机のに置いて待っていました」
健の膝が、ガクリと折れそうになった。 男はそのにしゃがみ込み、切符を両で包み込むようにして額に押し当てた。
「駅……源吉さん……。まだ、きていてくれたのか……!」
嗚咽が漏れた。 を過ぎ、過酷な労働と事故を潜り抜けてきたの男が、まるでに置いてけぼりにされた歳ののように、肩を震わせて泣きじゃくった。
の突が、研究所の実験線を吹き抜けていく。 修は、健の背を見つめながら、静かに問いかけた。
「田さん。なぜ……なぜ度も、沢へ帰らなかったんですか? お母さんは、あなたが帰ってくるのを信じて……失のでくなったんですよ」
健は顔をげた。 その目には、血のにじむような痛と、修の像を絶する「もうつのすれ違い」が宿っていた。
「帰れなかったんじゃない……!」 健は叫ぶように言った。 「俺は……を送り続けていたんだ! 夕張の炭鉱からも、京の飯からも、毎、母ちゃんと駅宛てに、現を同封したを送り続けていたんだよ!!」
修は目を見いた。 「を……? だが、サダさんの元には通も届いていなかったはずだ!」
「届くはずがなかったんだ……」
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健は絶望に満ちた笑みを浮かべ、自らの胸をかきむしった。 「俺がをし続けた宛先は……この世のどこにもしない所だったんだからな」
研究所の片隅にあるさな技術員控で、健は温かい緑茶の湯気を見つめながら、途切れ途切れに語り始めた。
昭、着の着のままで夕張の炭鉱へ潜り込んだ健を待っていたのは、像を絶する労働だった。 落盤事故の恐怖と隣りわせの坑内。は炭ので真っ黒に汚れ、のを浴びることのない々。 それでも健を支えたのは、「を稼いで母に届ける」というだけだった。
最初の料をにした夜、健は飯の粗末な机で、震えるでをいた。 同封したのは、額に汗して稼いだ千円の札。
だが――健は、宛名のき方をらなかった。
「俺は……貧乏で、学もろくにってなかった」 健は悔しそうに拳を握りしめた。 「父親がんでから、の伝いばかりで、自分のの正式な字名(あざめい)や番すら正確にけなかったんだ。……母ちゃんは字が読めない。だから、は駅さんに届ければ、駅さんが母ちゃんに読んで聞かせて、を渡してくれるとい込んでいた」
健が封筒の表にいた宛先。 それは――。
【京府 沢駅 本源吉様方 田サダ様】
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修は息を呑んだ。 「京府……!?」
「そうだ」 健は唇を噛み切らんばかりに悔やんだ。 「あの朝、俺は京きの列に乗るはずだった。『京』という所が、本のどこにあるのかすら正確にらなかったんだ。汽に乗ってく先は、すべて京というきな世界のにあるのだと……そう信じ込んでいた。だから、俺の故郷の沢駅も、京府のにある駅なのだと、本気でい込んでいたんだよ」
治から戦にかけての古い呼び名である「京府」。 そして、の寒にある「沢駅」。 夕張の炭鉱のポストに投函されたは、郵便局の仕分けで「あて所に尋ねあたりません」のゴム印を押され、差の所も飯の偽名であったため、そのまま着郵便物として処理され、度と戻ってくることはなかった。
健は毎、料がるたびにを送り続けた。 返事は来ない。それでも「きっと母ちゃんは届いたで米を買い、駅さんと緒にんでくれている」と信じ込むことで、過酷な炭鉱労働を耐え抜いた。
昭、落盤事故で腰とを骨折し、炭鉱を追われた健は、命からがら京へ辿り着いた。 そして、雇いのとして働きながら、ようやくに入れた戸籍謄本を見て、己の無の致命な罪に気づいたのだ。
自分の故郷は「京府」などではない。
の、貧しいあいの県にある、名もなきさな町だったということに。
「その、すべてを悟ったよ……」 健の目から、粒の涙が零れ落ちた。
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