"廃線駅に殘された最後の切符" 第12話
……遅れの、俺の最の客がな』
万吉が呆然とち尽くすに、老駅はのち込める改札のへと消えていった。
そして今――。 線を歩き続けてきた修と健が、沢駅の構内へと踏み込んだ。
静まり返った単線ホーム。 雑のえ始めたコンクリートの縁の向こうに、そのはいた。
真っな袋をはめ、ボタンのついた正装の制を着込み、赤と緑の図旗を脇に抱え、直の姿勢で線の先を見つめている。 元には、カンテラの灯がつ。 そして、そのには――に磨きげられた、改札鋏が固く握りしめられていた。
「駅……!」 修が叫んで駆け寄ろうとした。 だが、健がその腕をく掴んで制止した。
「……待て、田君」 健の声は、全の震えを必に押し殺していた。 「あれは……職務の鉄員の姿だ。客がみだりにづいちゃいけねえ」
健は作業のを両で払い、背筋を真っ直ぐに伸ばした。 そして、歩、歩、バラストを踏みしめながら、に自分がっていったプラットホームの階段へと歩み寄っていった。
ホームにつ源吉のに、ザッ、ザッという規則正しい音が届いた。
老駅の首が、錆びついた械のようにゆっくりと巡る。 酸素でに変した唇が、かすかにいた。濁りかけた瞳の焦点が、のから現れた柄な男の顔へと結ばれていく。
広告
を超える過酷な労働に耐え抜いてきた男の骨格。 だが、その眉毛のえ際にあるさな傷跡と、真っ直ぐにを見つめる澄んだ瞳。
「……遅いじゃないか」
源吉のから漏れたのは、りでも涙でもなく、毎朝遅刻してきた通学を迎えるとまったく同じ、静かで温かい言だった。
「……定刻より、遅れました」 健の目から、堰を切ったように涙が溢れした。男はホームのにち止まり、直のままをげた。
「り準急、乗客名……田健。ただいま、到着いたしました」
源吉の袋のが、微かに震えた。 老はバールを捨て、すりに縋り付くようにしてホームの端へを乗りした。
「切符を」 源吉は言った。駅の威厳を、最の命のを燃やし尽くすようにして絞りす。 「改札だ。……乗券を、拝見します」
健は胸ポケットにを突っ込み、あのさな券を取りした。 【昭 沢から京都区内ゆき】。
健は両でそれを掲げ、源吉のに差しした。 源吉は鏡をし、涙で霞む目でその付と区を確かめた。 、自らので付を印字し、棚から引き抜いた、あのの切符。
チチンッ――!
静寂を切り裂いて、澄んだ属の音が響き渡った。
源吉のがき、改札鋏の鋭い刃が、券の端を正確に噛み切ったのだ。
広告
さなハート型の切り込みが、のを超えて、片の端に刻み込まれた。
「……確かに、お預かりいたしました」 源吉は切符を健の胸ポケットへそっと押し戻し、その両肩を、骨と皮ばかりになった両でく抱きしめた。
「よく……よく帰ってきたな、健。……かったろう。寒かったろう」
「源吉さん……! ごめんなさい……! 俺、の宛先を違えて……母ちゃんに通も届いてなかったんだ! 俺のせいで……俺が母ちゃんを殺したんだ!!」
健はホームに額を擦りつけ、声をげて泣き崩れた。 源吉は膝をつき、そののままの魂を抱きかかえるようにして、髪のを撫で続けた。
「違う……違うんだ、健」 源吉は首を横に振った。 「おは誰も殺しちゃいない。……おが毎、仕送りを送っていたことを、サダさんはちゃんとっていたんだよ」
健が、涙に濡れた顔をねげた。 「え……? っていた……?」
源吉は懐から、油に包まれたさな通帳を取りした。 表には、今はき『沢郵便局』の角印が押されていた。
「これを見なさい」
源吉のから渡された古い郵便貯通帳を、健は震える指でいた。 修も横からカンテラの灯りをづける。
最初の。 【昭 受入額:千円】 【摘:郵便為替着戻入・田サダ名義】
目。 【昭 受入額:千円】 【摘:郵便為替着戻入】
昭のから、健が落盤事故で入院する昭まで――毎、欠かすことなく、千円から千円の入が記録されていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた
昭和51年、深夜番組の途中で言葉を止めたアナウンサー・孝一が、そのまま姿を消した。局から消えた200万円を持ち逃げしたと疑われ、家族には盗人という噂だけが残る。18年後、娘の奈津美は放送局の壁から、当夜の未放送音声を記録したテープを発見する。 調査の末、孝一はダム建設に伴う戸籍偽装と土地補償の不正を知り、死亡したことにされた女性の娘を守ろうとして町を離れたと判明する。200万円の受領書も局幹部による偽装だった。しかし危険が去った後も、孝一は家族に拒絶されることを恐れ、自ら帰らない年月を重ねていた。 奈津美たちは父と再会するが、すぐに昔の家族へ戻ろうとはしない。父の潔白だけでなく、その後の沈黙も記録に残し、それぞれの距離で関係を築き直す。資料館では途切れた放送と地域の声が保存され、孝一は新たな記録に《今度は、返事がなくても、自分から確かめる》と書き残した。昭和|ミステリー|真相|行方不明2.7万字5 0 -
完結第19話
廃線の駅で待ち続けた父
昭和37年、源吉は毎週金曜日、15年前に列車が来なくなった青谷駅のベンチで誰かを待っていた。駅員の中村が古い記録を調べると、源吉の息子・修一は終戦後の列車事故で消息を絶っていた。 しかし修一は、事故の直前に戦災孤児の健一を助けるため列車を降りていた。源吉が本当に待っていたのは息子ではなく、「修一さんに助けられた。いつか会いに行く」と手紙を送った健一だった。 中村は30歳になった健一を探し出す。修一の家族を苦しめることを恐れ、15年間会いに行けなかった健一は、最後の金曜日に青谷駅を訪れる。源吉はその顔へ震える手を伸ばし、「修一に似ている」と静かに告げた。歴史|昭和|ミステリー2.9万字5 0 -
完結第11話
帰国した父が「家族を忘れた」と言った日
5年間の海外赴任を終え、昭和47年に帰国した隆夫。しかし家族の思い出を避け、海外での仕事ばかり語る父に、息子の修一は「家族を忘れてしまった」と感じ、親子の距離は広がっていく。 ある日、修一は父の鞄から、家族へ送られなかった大量の手紙を見つける。隆夫は家族を忘れたのではなく、自分が父親として忘れられることを恐れていた。帰国後も、5年間不在だった自分と向き合えず、海外で成功した会社員として振る舞い続けていたのだ。 再び海外赴任と昇進を提示された隆夫は、初めて会社ではなく家族を選ぶ。数年後、社会人になる修一へ「仕事は大事だ。でも、帰る場所をなくすな」と伝える。本当の意味で家族のもとへ帰るまでの、父と子の再生の物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 0 -
完結第12話
消えた姉と18年後の手紙
昭和39年、19歳の佐和子は東京の洋裁店へ働きに出るため、柳行李を上野駅へ送った。しかし本人は店に現れず、上野に届いた荷物からは財布、印鑑、戸籍関係の書類だけが消えていた。家族は、佐和子の帰りを待ち続ける。 18年後、弟の浩二は父の遺品から、姉が乗るはずだった夜行列車とは別方向の列車に印を付けた時刻表と、失踪から2か月後に届いた姉の手紙を見つける。父は、佐和子が生きていることも、自ら家を離れたことも知りながら、家族へ隠していた。 横浜で姉を見つけた浩二は、佐和子が家族のために決められた人生から逃れ、自分の道を選んだと知る。やがて佐和子は弟と列車に乗り、母の墓がある故郷へ向かう。今度は誰かに決められた旅ではなく、自分の意思で選んだ帰郷だった。時代|歴史|昭和|ミステリー1.7万字5 0