"廃線の駅で待ち続けた父" 第5話
……そして君、君がこれ以嗅ぎ回れば、あの塊の方を追っている連が、再びこの町に嗅ぎつけてくるぞ」
梨の警告が終わるか終わらないかのその、静まり返った駅広から、けたたましいブレーキ音が響いた。 夜の帳の向こう、黒塗りの見慣れないトヨペット・クラウンが台、駅舎のに滑り込んできたのだ。
夜の駅広にまった黒塗りのクラウン。 当の青町では、町や県議会議員ですら滅に乗らないような級だった。 ヘッドライトの烈なが、造駅舎の格子窓をく切り裂いている。
は梨駅と顔を見わせ、警戒しながら駅事務の窓からを窺った。 運転席からりてきたのは、仕てのいいダブルのスーツを着た、代半ばの男だった。体躯はがっしりとしており、撫で付けたポマードの髪が灯にっている。その歩き方には、元軍特の隙のなさと、裏社会の暴力の匂いが濃く漂っていた。
男は迷いのない取りで駅舎の引き戸をけ、待へと踏み込んできた。 革靴のい音が、板張りのにカツン、カツンと響く。
「……すまんな、夜分に。駅員さんはおいでかな」
男の声は太く、よく通った。 梨が事務の窓をけ、平然を装って応対にた。もその背に控える。
「はい、青駅の梨ですが。
広告
最終列はとっくに終しておりますが、何かご用でしょうか」
男は胸ポケットから、にるシガレットケースを取りし、ピースにをつけた。煙が待の暗い空気に揺らめく。
「昔話を聞きに来ただけですよ、駅さん。……このくに、本源吉という老がんでいるはずだな」
男のからた名に、の臓がねがった。 梨は眉つかさず、事務な声で返した。
「本さんなら、町のれにおまいですが……ご親戚の方ですか?」
「いや、昔の戦友の父親でね。息子さんの修君には、戦で世話になった」 男はく笑った。だが、その目は笑っていなかった。徹な爬虫類のような目が、梨の顔をじっと観察している。 「実は最、の噂でにしましてね。あの事故でんだはずの修君の遺品……特に、満州から持ち帰ったはずの『類』を、父親の源吉老がずっと元に隠し持っているのではないかと」
(黒革の鞄……!)
の脳裏に、源吉が肌さず抱え込んでいた、あの古い牛革の鞄が浮かんだ。 老が守っていたのは、息子のいだけではなかったのか。 あの鞄のに、軍の秘密と塊に繋がる類が眠っているというのか。
梨駅はわずかに目を細め、静かに首を横に振った。
「そのようなものはじげませんな。源吉さんは、息子さんを失ったショックで々記憶が混濁しておられる。
広告
毎、廃止された旧線のベンチに座って、の列を待つばかりのれな老ですよ」
「ほう……廃線のベンチで、ねえ」 男は煙のをに叩き落とし、靴底でゆっくりと踏みにじった。 「まあいい。々、改めて挨拶に伺うと伝えておいてくれ。……ああ、それから駅さん」
男は踵を返しかけ、振り返って窓のを指差した。
「最、若いのが昔の事故記録を引っ張りして嗅ぎ回っているようだが……古い線のバラスト(敷)を掘り返すと、わぬ毒蛇がてくることもある。怪をせんうちにお引き取り願いたいもんだな」
男はそれだけ言い残すと、夜ののへとっていった。 クラウンの排気音がざかり、再び静寂が戻った待で、は拳をく握りしめた。
「駅……あの男は体誰なんです」
「……黒崎(くろさき)だ」梨が苦々しく吐き捨てた。「元関軍の主計将で、今は京で興信所と融業を広く営んでいる男だ。終戦の混乱に乗じて軍の隠匿物資を売りさばき、財を成した連のさ。……奴らはずっと探していたんだ。消えた塊のありかを記した帳簿をな」
危険が、確実に源吉のに迫っていた。 源吉があの黒革鞄を抱えて駅のベンチに座り続けている限り、いつ黒崎たちの魔のにかかってもおかしくない。
「君、もうこれ以は――」
「いいえ、駅。
僕は調べます」 は遮った。その声には、自分でも驚くほどのがこもっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた
昭和51年、深夜番組の途中で言葉を止めたアナウンサー・孝一が、そのまま姿を消した。局から消えた200万円を持ち逃げしたと疑われ、家族には盗人という噂だけが残る。18年後、娘の奈津美は放送局の壁から、当夜の未放送音声を記録したテープを発見する。 調査の末、孝一はダム建設に伴う戸籍偽装と土地補償の不正を知り、死亡したことにされた女性の娘を守ろうとして町を離れたと判明する。200万円の受領書も局幹部による偽装だった。しかし危険が去った後も、孝一は家族に拒絶されることを恐れ、自ら帰らない年月を重ねていた。 奈津美たちは父と再会するが、すぐに昔の家族へ戻ろうとはしない。父の潔白だけでなく、その後の沈黙も記録に残し、それぞれの距離で関係を築き直す。資料館では途切れた放送と地域の声が保存され、孝一は新たな記録に《今度は、返事がなくても、自分から確かめる》と書き残した。昭和|ミステリー|真相|行方不明2.7万字5 0 -
完結第16話
廃線駅に殘された最後の切符
昭和43年、廃線となった白沢駅で、老駅長・源吉は毎年3月12日になると、昭和25年の日付が入った東京行きの切符を机に置いていた。若い駅員の修一が調べると、その日は14歳の少年・健一が故郷を離れた日だった。 健一は別の少年を助けるために名前を貸し、故郷では東京へ就職したことになっていた。しかし本人は別の土地で働き、母へ送った手紙も届かないまま、帰る場所を失っていた。源吉は、東京へ行きたくない健一を時代の流れに任せて送り出したことを、長年悔やんでいた。 源吉の死後、白沢駅へ戻った健一に、修一は最後の切符を渡す。それは旅立ちを促すためではなく、「いつでも帰ってきてよい」と伝えるために残された一枚だった。健一は草に覆われた廃線跡を歩き、置き去りにした故郷との時間に向き合う。歴史|昭和|ミステリー2.4万字5 0 -
完結第11話
帰国した父が「家族を忘れた」と言った日
5年間の海外赴任を終え、昭和47年に帰国した隆夫。しかし家族の思い出を避け、海外での仕事ばかり語る父に、息子の修一は「家族を忘れてしまった」と感じ、親子の距離は広がっていく。 ある日、修一は父の鞄から、家族へ送られなかった大量の手紙を見つける。隆夫は家族を忘れたのではなく、自分が父親として忘れられることを恐れていた。帰国後も、5年間不在だった自分と向き合えず、海外で成功した会社員として振る舞い続けていたのだ。 再び海外赴任と昇進を提示された隆夫は、初めて会社ではなく家族を選ぶ。数年後、社会人になる修一へ「仕事は大事だ。でも、帰る場所をなくすな」と伝える。本当の意味で家族のもとへ帰るまでの、父と子の再生の物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 1 -
完結第12話
消えた姉と18年後の手紙
昭和39年、19歳の佐和子は東京の洋裁店へ働きに出るため、柳行李を上野駅へ送った。しかし本人は店に現れず、上野に届いた荷物からは財布、印鑑、戸籍関係の書類だけが消えていた。家族は、佐和子の帰りを待ち続ける。 18年後、弟の浩二は父の遺品から、姉が乗るはずだった夜行列車とは別方向の列車に印を付けた時刻表と、失踪から2か月後に届いた姉の手紙を見つける。父は、佐和子が生きていることも、自ら家を離れたことも知りながら、家族へ隠していた。 横浜で姉を見つけた浩二は、佐和子が家族のために決められた人生から逃れ、自分の道を選んだと知る。やがて佐和子は弟と列車に乗り、母の墓がある故郷へ向かう。今度は誰かに決められた旅ではなく、自分の意思で選んだ帰郷だった。時代|歴史|昭和|ミステリー1.7万字5 1