"廃線の駅で待ち続けた父" 第6話
「源吉さんは、ただの狂なんかじゃない。息子が命を賭けて託した秘密と、いつか帰ってくるはずのを、たったで守り続けているんだ。……このままじゃ、源吉さんは殺されてしまう!」
翌朝、は休暇を申請し、始発の気にび乗った。 帳には、昨夜の事故報告からき写した、唯のがかりが記されていた。
田健。昭まれ。本籍・兵庫県神戸。 終戦、歳。現の齢は――歳。
が向かったのは、阪神の港町、神戸だった。 戦災孤児たちがく流れ着いたと、急速に復興を遂げつつある臨業帯。 そこでは、の空を埋めるための、過酷な聞き込み調査を始した。
しかし、がかりは容易には見つからなかった。 警察の戸籍課、民委員、港湾の労働組……どこを訪ねても、「そんな昔の孤児の方など分かるはずがない」と払いをらわされた。
諦めかけていた目の夕暮れ、神戸の町・田にあるさな鉄所のを通りかかっただった。 けたたましいグラインダーのが散る作業の奥で、旋盤に向かって黙々と鉄を削る、の男の背が目にび込んできた。
齢は、。 引き締まった体つきに、油と鉄にまみれた作業着。 そして、その首筋には――古い傷のような、引き裂かれた傷跡がくっきりと残っていた。
広告
それは、事故報告に記されていた、脱の際に負ったとされる「の傷」の特徴と、完全に致していた。
は息を呑み、鉄所の引き戸にをかけた。
が激しく散る作業のへを踏み入れると、烈な切削油の臭気と、せられた鉄の焼ける匂いが腔を突いた。 械の轟音の、は作業を続ける男の背に向かって、声を張りげた。
「田健さんですね!」
キュルキュルと澄んだ音をてていた旋盤の回転が、急激に落ちた。 男のが止まり、スイッチが切られる。 をつんざくような騒音が潮が引くようにった作業に、気な静寂がりった。
男はゆっくりと振り返った。 煤けた顔の奥にある瞳は、驚きと、そして待ち受けていた運命がとうとう扉を叩いたことを悟ったような、い諦に満ちていた。
「……どこの差しだ」
健の声はく、乾いていた。その腕の筋肉は張り、万がの事態に備えて元のスパナをく握りしめている。
「俺は何も持っていないぞ。あの類の隠し所も、塊の番号も、全部忘れた。……黒崎の使いなら、そう伝えろ」
「違います! 僕はヤクザの使いじゃありません!」 は慌てて国鉄の分証を取りし、両で掲げて見せた。 「僕は、青駅の駅員の透です。……本源吉さんに頼まれて、あなたを探しに来ました」
広告
『本源吉』
その名をにした瞬、健のからスパナが滑り落ち、コンクリートのに甲い属音をててねた。 男の顔から、急速に血の気が引いていく。歳のの男の体が、まるでの嵐に晒された鹿のように、ガタガタと震え始めた。
「……本……さん……」
健の唇から、掠れた声が漏れた。
「あのは……源吉さんは、まだ……きておられるのか……?」
「ええ、きています。そして、毎週曜の夕方になると、あの廃止された駅のホームのベンチに座って、あなたを待っているんです。……もう、も欠かさずに!」
「待って……いる……? 俺を……?」
健はそのに崩れ落ちるようにして、ドラム缶のにをついた。 両で顔を覆い、指の隙から漏れす荒い呼吸。
の裏にあるさな事務所の片隅で、健はめた番茶をに、にわたって封印してきた記憶の蓋を、静かに押しけた。
「……けるわけがなかったんだ」
健の線は、油染みのついた自らのの平に注がれていた。
「俺は……修さんを殺したんだ。あのがんだのは、全部俺のせいなんだよ……!」
昭。 満州からの引き揚げ列ので、飢えとに苦しんでいた歳の健を、護任務についていた修は実の弟のように世話し、自らの乾パンを分け与えてくれた。 そして、軍層部が塊を着するために健を始末しようとしていることをった修は、砂崩れの直、「逃げるぞ、健!」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 199 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 71 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 519 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 124 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 91