"廃線の駅で待ち続けた父" 第14話
健は源吉の胸に顔を埋め、子供のように声をげて泣き崩れた。 まみれの作業着の襟元を、老の涙が濡らしていく。 、誰にも言えず、誰にも許されず、ただ暗ので鉄を削り続けてきたの魂が、今、実の父親以の温もりによって、完全に救いされた瞬だった。
は目を押さえ、空を見げた。 いつのにかはりになり、いの切れから、の青い夕空がわずかに覗いていた。
だが、に浸るのに、事務の方からジリジリとけたたましく鳴り響く、鉄話のベルの音がび込んできた。 梨駅が慌てて受話器を取りにる。 数秒、事務から戻ってきた梨の顔は、再び青ざめていた。
「君……変だ! 黒崎を乗せて隣町の警察署へ向かっていたパトカーが、峠の途で何者かのトラックに襲撃された!」
「襲撃された……!?」
は血の気の引くいで梨駅を見つめた。
「護送のパトカー台が、型の材運搬に挟み撃ちにされて崖に突き落とされたそうだ。……警官名が傷。黒崎とのは、武器を奪って逃した!」
梨の切迫した声に、抱きっていた源吉と健が弾かれたように顔をげた。
「黒崎の狙いは……まだ諦めていないのか」 柴田が震える声で呟く。 「塊の隠し所の帳簿だ。奴は最初から、あの鞄のに本物が入っていないことを見抜いていたんだ。
広告
健君のから直接、暗号を聞きすまでは、絶対に退かない気だ!」
その、駅通りを吹き抜けるに乗って、くから型ディーゼルエンジンの唸る音が響いてきた。 台の無骨なトラックが、ライトを消したまま、を猛スピードで青駅へと引き返してきているのだ。
「来た……!」
健がちがり、ベンチの脇に落ちていた鉄パイプを再び握り直した。その瞳には、もはや過の罪に怯えるはなかった。 「さん、源吉さんを駅舎の奥へ! ここは俺がい止める!」
「馬鹿なことを言うな!」がした。「相は拳銃を持っているんだぞ! 丸腰でち向かってどうする!」
「だが、逃げる所なんてどこにもない!」
は周囲を見渡した。 駅舎の正面はすでにトラックに塞がれつつある。裏は切りった崖と、あの廃止された旧線の線だけだ。
(線……?)
の脳裏に、閃のような閃きがった。
「梨駅! 旧線の保線用モーターカー……まだ庫にありますか!?」
梨が目を見いた。 「モーターカーだと!? あるにはあるが……あれはの廃だぞ! くかどうかも分からん!」
「かします! あれなら、線の敷が崩れていても、軌のをって隣の信号所まで逃げられる! あそこには鉄話の保専用回線がきています!」
は健の腕を掴んだ。 「健さん、源吉さんを背負ってください! 庫へるんだ!」
広告
は煙を蹴て、ホームの端にあるトタン張りの古い保線庫へと崩れ込んだ。 暗の央に鎮座していたのは、さな気筒ガソリンエンジンを積んだ、黄い軌モーターカー――通称「トロッコ」だった。座席は吹きさらしの製ベンチで、方に簡素な防ガラスがついているだけの無骨な両だ。
バアアアンッ!!
駅舎のガラスが々に砕け散る音が響いた。 黒崎たちの声が、待を蹂躙している。
「おい、田健! てこねえと、駅ごと焼き払うぞコラァ!!」
健が源吉を抱きかかえてモーターカーの荷台へ乗せる。 は運転席にび乗り、錆びついたイグニッションキーを力任せに回した。
キュルルル……キュルルル……!
セルモーターが空しく回るだけで、エンジンはを吹かない。 の湿気でプラグがカブりかけているのだ。
「くそっ……かかってくれ! 頼むからいてくれ!」
キュルルル……ガガッ、プスン。
庫ので、を踏みしめる複数の音がづいてくる。 懐灯の鋭い条が、トタン板の隙から庫の内部を舐めるように差し込んできた。
「あっちだ! 保線庫のにいやがるぞ!」
黒崎の声がすぐそこまで迫った、その瞬だった。
健が運転席の横へを乗りし、具箱から掴みしたプライヤーで、エンジンの燃料パイプを直接で圧迫した。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 199 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 71 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 519 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 124 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 91