"廃線の駅で待ち続けた父" 第17話
青駅の構内には、朝から見慣れない活気が満ちていた。 ヘルメットを被った国鉄の保線員たちが、あの角――放置されていた旧線の廃ホームに集まっていたのだ。
カラン、コロンと、古びたレールを切りす酸素バーナーのが散る。 枕が本ずつ掘り起こされ、赤茶けた鉄屑がトラックの荷台へと積み込まれていく。 正式な撤作業だった。 黒崎の事件をきっかけに、旧線の用は青町へと無償払いげられ、しい町営の農として再備されることが決定したのだ。
改札の横で、はその作業を静かに見守っていた。 脇腹の傷はすっかり塞がり、制の襟元にはの柔らかな差しが注いでいる。
「君、寂しくなるかい?」
隣にった梨駅が、煙にをつけながら尋ねた。
「……いえ。しだけ、清々しい気持ちです」 は微笑んだ。 「あの線は、もう誰かを縛り付けるためのものじゃないですから」
あの事件の、黒崎が追っていた「塊の隠匿所」の真相も完全にらかになった。 修が遺に記していた通り、塊は敗戦の混乱の最、満州から引き揚げるのから、本の千メートルの底へと投棄されていたのだ。 欲に憑りつかれた霊たちは、最初からしないを追いかけて、自滅していったに過ぎなかった。
広告
そして、田健は――。
「おーい、さん!」
線の向こうから、るい声が響いた。 振り向くと、真しい紺の作業着を着た健が、具箱を片に歩いてくるのが見えた。
健は神戸の鉄所を円満に退職し、青町の隣町にある国鉄の指定両修理へと転職を果たしていた。 腕利きの旋盤としての技術を評価され、今ではディーゼル気の軸やブレーキ部品の再加をに引き受けている。
「健さん、今もいですね」
「ああ、今は夜勤けなんだ。……お父さんの畑の、ジャガイモの植え付けを伝わなきゃならんからな」
健の顔には、かつてあの鉄所の暗がりで見せたような、苦悩と怯えのは微もなかった。 に焼け、引き締まったその表は、このの町の空気にすっかり馴染んでいた。
「源吉さんの腰の具は、どうですか?」
「だいぶ良くなったよ。毎朝、神棚と仏壇にをわせてから、元気に鍬を振るってる。……昨の夜なんか、『今のはスイカを植えるぞ』って張り切っててさ。俺に似わず、甘いものが好きなだからな」
健は照れ臭そうに笑った。 その笑顔の奥に、は確かな「親子の絆」の温もりを見た。
血の繋がりなど、何のも持たない。 互いの傷を引き受けい、許しい、共にを耕すことを選んだのには、世界で最も固な族の形が築かれていたのだ。
広告
「じゃあな、さん。また夕方に」
健は軽くを挙げ、駅の本へと歩きした。 その背は、にこの町を逃げしたのものではなく、しっかりとにをろした、の逞しい青の姿だった。
だが、にはまだ、確かめなければならないことがつだけ残っていた。
今というは、曜だった。 あの、源吉がも欠かすことなく駅に通い続けた、あの運命の曜。
夕方。 線が撤され、更となったあのホームに、源吉は今でも現れるのだろうか。 は計の針を見つめながら、そのを待った。
午分。 夕暮れの青駅は、茜のに包まれていた。 改札を通る乗客は、学帰りの女学がと、呂敷包みを抱えた所の農婦が。いつもの、ありふれた田舎の駅の景だ。
を告げる町の防災無線が、々に反響して静かに鳴り響く。 は制を被り直し、改札ラッチをて、更となった旧ホームの跡へと向かった。
レールはすでに本も残っていなかった。 砂利とバラストが均され、黒いが剥きしになった空。 しかし、あの製のベンチだけは、町の配慮によって、そのままの所に残されていた。
そして――。
ベンチには、やはりがあった。 煤けた鳥打。濃紺の絣の半纏。
本源吉が、静かに座っていた。
しかし、その膝のには、あの苦しい黒革の鞄はなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 199 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 71 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 519 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 124 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 91