"昭和44年、最終バスから消えた女性車掌" 第1話
学は、最盛期には百を超える児童がいた。鉱が閉じ、若い族が町へ移るたび教がつずつ空き、平成のはだった。根裏には運会の旗、炭ストーブの煙突、謄写版で刷った学級通信が残っている。美は物を捨てるか保するか判断するたび、使ったの名と代を札へいた。菓子缶だけは、誰がなぜ置いたか分からなかった。
缶の蓋には子どもの爪で引っかいたような線が本あった。偶然の傷か、切符の枚数を示したものか判断できない。美はけるの写真がないことを悔やみ、見つけた児童用教材箱と根裏の位置を図面へ記した。父へ見せるため持ち帰ったのは軽率だったが、彼が瀬誠の名に反応したことで、族の遺品ではなく事件に関係する物だと分かった。
英は妻の失踪、毎朝に起きて美の弁当を作った。髪を結うことができず、所の女性に頼んだもある。父に育てられた謝と、母のことを隠されたりは、美ので簡単には分かれない。優しい父だったという記憶を捨てれば楽になるわけでも、育てた苦労を認めれば嘘まで許せるわけでもなかった。
「お母さんは、あの夜、何のお客を乗せたの?」
平成、閉を控えた川学の根裏で、藤美は錆びた菓子缶を抱えて父に尋ねた。
広告
缶のには古い乗券が枚あった。どれも昭、母の紀子が担当した最終便で切られたものだ。ところが当の運報には、《乗客名、終点到着》と記されている。
父の英は、枚ずつ並べられた切符を見ようとしなかった。所から戻った作業着の袖には、鉋屑がついている。、妻の名をにされるたび黙ってきた男は、娘が差しした枚目だけを見て言った。
「その切符は捨てろ。母さんが戻らなかった理由をっても、おは救われん」
美の母、藤紀子は、昭当歳だった。岐阜県部をる越交通で女性掌を務め、運賃箱のない線バスのを革鞄を提げて歩いていた。乗客の先を聞き、区別の券を抜き、腰につけた改札鋏で付と区を刻む。の季節には内で転ぶ老の荷物を持ち、終点で残券と現を営業所へ返す。それが以続いた仕事だった。
の最終便は、午分に県をた。の集落を回り、午分に川庫へ入る予定だった。運転の田正雄によれば、紀子は終点のつ、《旧分》でだけりた。「迎えが来るから」と言い、暗いへ消えたという。掌鞄と制の套は内に残り、彼女はいカーディガン姿だった。
広告
翌朝、営業所が鞄を調べると、万円がしていた。には駅の川沿いで片方の革靴と学代の写真が見つかった。警察は事故と事件の両方を調べたが、京へ向かう夜列で紀子に似た女性を見たという証言がると、を持って誰かと逃げた能性をく見た。英も「妻には族に言えない交友関係があったかもしれない」と答えた。
歳だった美は、その言葉を所のから聞いた。学では「逃げた女の子」と呼ばれ、父とでのを歩けば会話が止まった。紀子が失踪した朝、娘のの袖を直し、曜には町でしいランドセルを見ようと約束していたことを、美だけが覚えていた。永にるが、来も使う娘の制へ丁寧に当て布をするだろうか。その疑問を父に言っても、「約束を守れないもいる」と返された。
、美は隣町の学で教師をしていた。庭の事をからかわれる子を教の隅へ置かないよう気を配ったが、自分の母のことは徒へ話していない。母を信じていると言えば証拠がなく、疑っていると言えば子どもの自分まで裏切る気がした。学の閉理を引き受けたのも、卒業で教員だからという理由だった。
菓子缶は古い教材箱の裏に隠されていた。
枚の乗券、枚の乗客名簿、紀子の章、未現像のフィルム、宛名のない封筒。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた
昭和51年、深夜番組の途中で言葉を止めたアナウンサー・孝一が、そのまま姿を消した。局から消えた200万円を持ち逃げしたと疑われ、家族には盗人という噂だけが残る。18年後、娘の奈津美は放送局の壁から、当夜の未放送音声を記録したテープを発見する。 調査の末、孝一はダム建設に伴う戸籍偽装と土地補償の不正を知り、死亡したことにされた女性の娘を守ろうとして町を離れたと判明する。200万円の受領書も局幹部による偽装だった。しかし危険が去った後も、孝一は家族に拒絶されることを恐れ、自ら帰らない年月を重ねていた。 奈津美たちは父と再会するが、すぐに昔の家族へ戻ろうとはしない。父の潔白だけでなく、その後の沈黙も記録に残し、それぞれの距離で関係を築き直す。資料館では途切れた放送と地域の声が保存され、孝一は新たな記録に《今度は、返事がなくても、自分から確かめる》と書き残した。昭和|ミステリー|真相|行方不明2.7万字5 60 -
完結第16話
消えた子猫と、花壇の頑固おじさん
公園で暮らす地域猫のこん、五郎、クマは、新しく作られた花壇を掘り返し、管理を担う大西を激怒させる。ボランティアのみどりが謝罪しても、大西は猫の撤去を要求するが、彼の怒りの奥には、かつて球根をかじって病気になった愛猫チャロへの深い後悔が隠されていた。 やがて体の弱いクマが姿を消し、茂みの奥で衰弱しているところを大西が発見する。動物病院へ運び、治療費を負担した大西は、五年前にチャロを失ってから閉ざしていた自宅へクマを迎え入れる。クマもまた、古い毛布や爪とぎに残る温もりを受け入れ、大西の膝で安心して眠るようになる。 しかし、公園に残されたこんと五郎には、行政による一斉捕獲の通告が突きつけられる。猶予はわずか二週間。怒り|真相2.4万字5 82 -
完結第11話
棺の中で眠る娘と、吠え続けた秋田犬
秋田の豪雪地帯で、七歳の少女・雪の葬儀が営まれていた。ところが愛犬ハチだけは棺に向かって激しく吠え、畳を掻き続ける。周囲が狂犬扱いする中、前妻であり元救命看護師の静子は、棺の内側から聞こえる微かな音と、雪の指先の動きを見逃さなかった。 静子が葬儀を止めて棺を開けると、雪には脈と呼吸が残っていた。静子は的確な応急処置を行い、雪はついに「お母さん」と声を発する。無力だと見下していた静子に娘を救われ、後妻エミリーと父・健一は言葉を失う。 しかし、奇跡の生還で物語は終わらない。救急搬送される娘に付き添いながら、静子は「なぜ雪が猛吹雪の夜、裏山へ出たのか」という疑念を抱く。人生逆転|真実|真相|親子関係1.6万字5 336 -
完結第16話
給料袋を取り上げる姑と、娘の進学
昭和38年、娘・恵子を高校へ進ませるため食品工場で働き始めた典子は、初給料を姑タツに玄関で取り上げられる。家計簿を調べると浪費の跡はなく、給料は貯金されていた。しかし、その名目は《正人・高校進学資金》。家族の将来から、娘の進路だけが最初から除かれていた。 典子は自分名義の口座を作り、少額ずつ恵子の受験資金を蓄える。隠し貯金が発覚すると、タツは「家の金を隠した」と激怒。タツ自身も弟の進学のため学業を諦めた過去があり、「男に教育、女は家」という価値観を、自分の人生を正当化するため孫娘にも押しつけていた。 願書締切の日、逃げ続けていた夫・浩一が初めて「恵子に受けさせよう」と決断する。恵子は合格し、タツも完全には考えを改めないまま通学鞄代を差し出した。次の給料日、タツはもう封筒を奪わず、典子は自分で決めた生活費だけを渡す。家族は壊れたのではなく、ようやく「一人が全員の人生を決める家」ではなくなった。時代|歴史|昭和2.4万字5 88 -
完結第10話
帰れなかった実家
昭和30年、房子は父危篤の電報を受け取るが、姑タミから「この家の嫁なら実家へ帰るな」と命じられ、夫・正雄にも引き止められる。翌日、法事の最中に父の訃報が届き、房子は最後の別れを奪った姑と夫に心を閉ざした。 五年後、今度はタミの姉が倒れる。房子に過去を突きつけられたタミは、自分も若い頃、姑に母の葬儀へ行かせてもらえなかったと告白する。苦しみに意味があったと思うため、同じ理不尽を嫁へ受け継がせていたのだ。それでも房子は、姉が生きているうちに会うようタミを送り出した。 二人がすぐ親密になることも、房子が過去を忘れることもなかった。しかしタミは、嫁いでいく孫娘に「ここもあなたの家。帰りたい時は帰りなさい」と伝える。房子が姑を完全に許したからではなく、「自分がされたから次の人にもする」という鎖を止めたことで、家族の価値観は一世代をかけて変わり始めた。時代|歴史|昭和1.4万字5 64 -
完結第19話
廃線の駅で待ち続けた父
昭和37年、源吉は毎週金曜日、15年前に列車が来なくなった青谷駅のベンチで誰かを待っていた。駅員の中村が古い記録を調べると、源吉の息子・修一は終戦後の列車事故で消息を絶っていた。 しかし修一は、事故の直前に戦災孤児の健一を助けるため列車を降りていた。源吉が本当に待っていたのは息子ではなく、「修一さんに助けられた。いつか会いに行く」と手紙を送った健一だった。 中村は30歳になった健一を探し出す。修一の家族を苦しめることを恐れ、15年間会いに行けなかった健一は、最後の金曜日に青谷駅を訪れる。源吉はその顔へ震える手を伸ばし、「修一に似ている」と静かに告げた。歴史|昭和|ミステリー2.9万字5 60