"帰れなかった実家" 第7話
「……子さん、ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。お疲れになったでしょう。すぐにお茶を淹れます」
居へがったタミは、擦り切れた呂敷のから、さな箱を慎に取りした。甲府の町で買い求めたという、皮に包まれた信玄餅の折り詰めだった。
「これ……姉からだよ。危篤の峠は越えてね、言葉もしるようになった。『妹の顔が見られて、もうい残すことはない』と言ってくれたよ」
タミは箱をちゃぶ台のに置き、自らの膝のに節くれだった両をねた。
「姉がね、私に聞いたんだよ。『の法事や畑仕事は放りしてきて丈夫だったのかい』って。……私はね、胸が張り裂けそうになったよ。私の代わりに、嫁のあなたがを守って、送りしてくれたからここに来られたんだと、そう話したらね……姉が泣いて、あなたによろしく伝えておくれと、この菓子を持たせてくれたんだ」
タミの瞳に、再び涙が滲みしていた。
子は湯呑みにいほうじ茶を注ぎ、タミのへと置いた。
「お姉様が命を取り留められて、本当によろしゅうございました」
「……ありがとう。本当に、ありがとうね」
タミがくをげた。昭30のあの以来、決して交わることのなかったの線が、かすかになりった。
しかし、凍りついていた関係が朝夕で劇に溶けるわけではなかった。
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昔ながらの母娘のような打ち解けた会話がまれることもなければ、過の理尽な仕打ちが綺麗さっぱり帳消しになったわけでもない。子自、父のに目にち会えなかったあのをいすたび、胸の奥がきしむような痛みに苛まれる夜が幾度もあった。
それでも、の内側に引かれていた「見えない結界」は、確実にその輪郭を崩し始めていた。
あるの朝、子が「父の祥命ですので、隣の墓へ参ってまいります」と告げた、タミは針仕事のを止め、ちがって台所へ向かった。そして、戸棚から取りした等の米を呂敷に包み、庭で採れたばかりの根を本添えて、子のに差しした。
「これ、お母さんに持っていっておやり。寒いから、峠は気をつけるんだよ」
「……お義母さん」
「向こうに着いたら、急いで帰ってこなくていいからね。晩泊まって、お母さんの話し相になってあげなさい」
タミはそれ以何も言わず、再び座敷に戻って針をかし始めた。
子はい荷物を抱え、晩のを歩きながら、涙をこらえることができなかった。父がきていたには決して許されなかった自由が、皮肉にも父のと、姑自の痛哭を経て、ようやくこのに渡されていた。
変化は、夫の正雄の内面にも静かに、しかしく浸透していた。
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かつて「の平穏」と「母への絶対従」を盾にして、妻の叫びから目を背けていた男は、あの以来、自らのち位置を根本から問い直さざるを得なくなっていた。
昭37の、の耕理事業を巡り、本の老たちと分ので激しい対がじた。の本筋の伯父が、正雄のにがり込み、タミに対して「本の向に従って田んぼの用を付け替える承諾に判を突け」と圧に迫った。
当の農社会において、本の向は絶対にい力を持っていた。タミが困惑して返答に窮していたところへ、役から帰宅した正雄が割って入った。
「伯父さん、その話は受けられません」
正雄の声は、静かだが確固たる芯を持っていた。
「何だと、正雄。お、本に向かって答えする気か。のの序列を弁えんか」
本の伯父が気を孕んで座卓を叩いた。以の正雄なら、曖昧にをげてそのを濁していただろう。しかし、正雄は歩も引かなかった。
「という板で理尽を押し通す代は、もう終わったんです。この田んぼで実際ににまみれて汗を流しているのは、母さんと、妻の子です。現でを被る者の見を聞かず、ただ『の掟』を振りかざして従わせようとするやり方には、輪際従いません」
伯父は顔を真っ赤にしてちり、座敷には静寂が戻った。
タミはさく肩を震わせながら、息子の背を見つめていた。
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