みかん小説
本棚

"給料袋を取り上げる姑と、娘の進学" 第12話

……ただのケチじゃない。もっとい、何かがあるんでしょう」

は壁に寄りかかり、を抱えて座り込んだ。 ため息と緒に、い記憶の蓋がかれる。

「……母さんはな」 浩い声で語り始めた。

正の終わり頃、このあたりので、番の成績だったんだそうだ。郡の綴り方コンクールでも等を取って、当が『女子師範学(教員養成学)へ学させるべきだ』って、何度も祖父の元へ頼み込みに来たらしい」

典子は息を呑んだ。

「でもな……祖父は首を縦に振らなかった。母さんのに、体がくて勉もできなかった弟――俺の叔父さんだな、そのがいたんだ。『男に学問をつけさせるのが先だ』って、母さんの学の類を、祖父が鉢にくべて燃やしちまったそうだ」

の指先が、畳の縁をなぞる。

「母さんは泣く泣く師範学を諦めて、で製糸へ奉公にされた。そこで稼いだ仕送りを、全部その弟の学の学費に注ぎ込んだんだよ。……その弟は結局、学をに兵隊にとられて、の島で戦しちまった。母さんの元には、骨壺つ戻ってこなかった」

座敷の気が、シンと骨に染みる。

「それからずっと……母さんは自分に言い聞かせてきてきたんだよ。『女はを支えるものだ』『男をてるのが女の美徳だ』って。そうい込まないと、自分が代のすべてを犠牲にして差しした青が、ただの無駄骨だったことになっちまうだろ」

広告

典子の背筋に、たい戦慄がった。

そうだったのだ。 タツが恵子を拒絶していた本当の理由。 それは、の問題でも、単なる古臭い因習のせいでもなかった。

もし、今ここで恵子の学を認めてしまえば――。 「女でも、勉していい代」を肯定してしまえば――。 半世紀、向学の志を無残に踏みにじられ、で糸を紡ぎながら弟のためにを削った、若きの自分自が、すべて「無な自己犠牲」だったと認めることになってしまうのだ。

『女の子に学問なんて必ない』。 その呪いの言葉は、ならぬタツ自が、自らの引き裂かれたを慰めるために、にわたって唱え続けてきた、血の滲むような鎮魂だったのだ。

(だからといって……!)

典子はがり、く拳を握りしめた。

(だからといって、その呪いを、恵子にまで継がせてたまるものですか!)

親が耐えた理尽を、子にも等しくいること。 自分が殺された痛みを、次の世代の首を絞める正当化に使うこと。 その連鎖を断ち切らなければ、この国の女たちは、永に玄関の料袋を奪われ続けるのだ。

「浩さん。は、願の提最終よ」 典子は夫を見据えた。 「あなた、父親として、どうするのか、自分ので決めなさい」

は答えず、ただ暗く顔を覆った。

広告

運命の朝が訪れた。

空は抜けるようなれだったが、吹き抜けるはカミソリのように鋭く肌を削り取った。 願の提締切は、午の推薦印が押された式を、県女子の事務局へ直接持参し、受験料円を添えて提しなければならない。

典子は朝番でき、「午だけで退させてほしい」とげた。の主任は、典子の鬼気迫る表を見て何も聞かず、タイムカードの退欄に判を押してくれた。

正午過ぎ、へ駆け戻った典子は、押し入れの奥からあの青い郵便通帳と、実印を取りした。 通帳の残は、先の残業代をして、百円。 受験料と、当面の入学を払うには分な額だった。

支度をえ、恵子の受験票を胸ポケットに収めて玄関へ向かった瞬――。

がり框に、黒いちはだかった。

タツだった。 には、樫ので作られた太い洗濯棒が握られていた。

「どこへく気だい」

タツの声はく、鳴りのように響いた。 その背には、浩が背を丸めて突っっていた。町の昼休みに、タツから「典子を止めろ」と報を打たれて呼び戻されたのだ。

「どいてください、お義母さん」 典子は靴を履き、タツを見据えた。 「恵子の願しにきます。

あと半で受付が終わってしまうんです」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: