"給料袋を取り上げる姑と、娘の進学" 第16話
昭、。 抜けるような青空の、庭の桜が満の朝を迎えていた。
玄関の式台に、真しいセーラーにを包んだ恵子がっていた。 の本ラインが入った襟元、膝まであるプリーツスカート。肩からは、あの黒い牛革の通学鞄が誇らしげに提げられている。
「お母ちゃん、お父ちゃん、ってきます!」
靴紐を結び、ちがった娘の姿は、眩しいほどに凛々しく、美しかった。 浩はし照れくさそうに「に気をつけるんだぞ」と声をかけ、正は「姉ちゃん、かっこいいな」と羨ましそうに見げていた。
恵子はをりる直、台所の勝のに佇むタツの方を振り返った。 タツは掛けにを挟んだまま、柱のからじっと孫娘の姿を見つめていた。
「……おばあちゃん。ってきます」
恵子が々とをげる。 タツはすぐには答えなかった。 数秒の沈黙の、引き戸がガラガラとく寸になって、タツのから、掠れた声がポツリと零れ落ちた。
「……遅れるんじゃないよ。汽のは、待ってくれないんだからね」
それだけだった。 笑顔もなければ、祝いの言葉もない。 けれど、その背には、かつて自分が歩むことのできなかった未の荒野へとびっていく孫娘を見送る、老いた女の、静かな祈りが宿っていた。
「はい!」
恵子は力く返事をし、の陽のへと駆けしていった。
広告
角を曲がるまで、黒い通学鞄がを反射してキラキラと輝いていた。
――そして、そのの。 の料。
夕暮れ、自転で帰宅した典子は、いつものように玄関の引き戸をけた。 には、あの晩のと同じように、タツがでっていた。
だが、その乾いた掌が、典子の胸元へ突きされることは、もう度となかった。
典子はにち、コートの内ポケットから、茶褐の料袋を取りした。 そして、タツのを待つのではなく、自らので、その封筒の封を破いた。
から幣を取りし、あらかじめ計算してあった額――計の費と費の負担分である『千円』を抜き取り、残りの料は自分の財布へと収めた。
典子は抜き取った千円を揃え、両でタツのへ差しした。
「お義母さん。今の、の活費です。受け取ってください」
タツは典子の顔をじっと見つめた。 そして、何も言わず、その千円を静かに受け取ると、自らの絣の着物の懐へと収めた。
「……夕飯は、筍の煮物だよ。くがっておくれ」
「はい。今、伝います」
誰かがすべてを奪い、誰かがすべてを決める代は、終わったのだ。 自分の汗で稼ぎ、自分ので差しし、自分ので族の員としてつ。
に差し込む夕が、の女の元を、等しく温かく照らししていた。
しい代のが、古い造の平の隙を、軽やかに吹き抜けていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 82 -
完結第12話
卒業写真の空いた席
昭和40年、秋田県の山あいにある中学校。成績優秀な佐伯澄江は、家計を支えるため、高校進学を諦めて東京の縫製工場へ就職することになった。ところが卒業写真を撮る日、澄江は突然学校へ来なくなる。担任の女性教師が見つけたのは、少女が残した一枚の紙だった。そこには、紹介状に書かれた就職先と、母親が指定した送金先の住所が違うと記されていた。さらに、東京で結婚したはずの姉にも不可解な事情があるらしい。卒業証書を手に上京した教師は、少女たちの知られざる働き方と、家族の間に隠された事情を知っていく。時代|歴史|昭和2.3万字5 542 -
完結第12話
最後の伝書鳩
昭和19年、南方の山地。撤退を命じられた部隊は、谷に残された九人の兵士と連絡が取れなくなっていた。 通信兵の関谷清一伍長は、彼らが「未帰還」の一言で片づけられることに納得できない。しかし、無線は故障し、残された伝書鳩は最後の一羽だけ。報告書が敵の手に渡れば、百人以上の仲間まで危険にさらされる。 命令を守るか、九人の居場所を知らせるか。関谷は報告書の裏に、九人の名前と谷の場所を書き込んだ。 戦場で一枚の報告書と一羽の鳩に、九人の命を託した通信兵の物語。時代|歴史|昭和|真実2.3万字5 131 -
完結第15話
母ちゃんへの三千円
昭和39年春。十五歳の坂本吉雄は、母と幼いきょうだいたちの暮らしを支えるため、青森から集団就職列車に乗って東京へ向かった。大田区の小さな町工場で待っていたのは、厳しい親方と油まみれの仕事、六畳一間の共同生活。それでも先輩やおかみさんに励まされ、少しずつ仕事を覚えていく。やがて初めての給料を受け取った吉雄は、その大半を故郷の母へ送った。ところがその夜、青森から一通の電報が届く。東京オリンピックに沸く昭和の街で、十五歳の少年を待ち受けていた思いがけない知らせとは。時代|歴史|昭和2.2万字5 100