"炎天下に追い出された新人と、5年ぶりに戻った男" 第12話
そして――歳を迎えた創業社が、歳の部に向かって、直角にくをげた。
「すまなかった、滝川。……本当に、すまなかった。おがで腐らず、赤字をて直してくれたからこそ、今の正気がある。おを呼び戻したわしの判断だけが、唯の救いだった」
滝川は慌ててちがり、正の肩を優しく押し留めた。 「社、をげてください。……私は、あなたをんでなどいませんよ」
「……なぜだ」
「ので過ごしたは、私にとって掛け替えのないでした。械油にまみれ、若い連と臭くネジを削り、ものづくりの原点をいさせてもらいました。……それに、あののお袋さんたちにもらったこの麦わら子がなければ、今、さんを助けることもできなかった」
滝川はソファの脇に置かれた、しほつれた麦わら子に線を落とした。
「社。あの子は、美代子さんのき写しです。どんなに理尽な扱いを受けても、決して仕事のを抜かず、伝票の正に誰よりもく気づき、炎で倒れる瞬まで会社の敷を綺麗にしようとしていた。……あの子の誇りを守るためなら、私は何度でもを被る覚悟でしたよ」
正の目に、い涙が滲んだ。 「美代子が……美代子が、あいつを守ってくれたのかもしれんな」
「ええ。美代子さんが、私をこのタイミングで本社へ引き戻したんですよ。
広告
……社、これからの会社をて直すのは、現をる若い世代です。さんのような社員が、度と理尽に泣くことのない会社にしなければなりません」
「分かっている。……から、おに全権を預ける。事、総務、調達、すべての組織を根底から作り直してくれ」
「承いたしました」
の男の線が、に町の片隅で交わしたあののように、く、固く結びわされた。
午。本社ビルのかりがつずつ消えていく、は監査部でのの聴取を終え、ようやく帰途につこうとしていた。
首筋に貼られた湿布のたさが、焼けの痛みをわずかにらげてくれる。 誰もいない静まり返った階の廊を歩き、エレベーターの呼びしボタンを押した。
チーン、と属音が鳴り、の扉がく。 乗り込もうとしたのが、ピタリと止まった。
先客が、乗っていたのだ。 ネクタイをし、ワイシャツの腕をまくった柄な男――父、正浩郎だった。
は息を呑み、反射に歩退りした。 「あ……お先にどうぞ。私は次ので――」
「乗らんのか」 正のい声が、静かな箱のに落ちた。
扉が閉まりかけるのを、正の逞しいが引に押し戻す。 は躊躇いながらも、さく「失礼します」と呟き、エレベーターの隅へとを滑り込ませた。
広告
きりの、狭い密。 階、階、階……インジケーターのランプが、無音でつずつ減っていく。 お互いに正面の鏡を見つめたまま、言の言葉も発せられない。 、言葉を交わすことのなかった父と娘のに、苦しい沈黙が横たわっていた。
(何を話せばいいの……? お母さんを取らなかったこのを、私は許したわけじゃないのに……) は膝ののバッグの紐を、千切れるほどく握りしめた。
階を通過した、ふいに正がをいた。 を向いたまま、線はわせない。
「……点滴は、打ったのか」 ぶっきらぼうな、だが掠れた声だった。
「……はい。病院で本打ってもらいました。もうはがっています」
「そうか」 正はポケットに両を突っ込み、わずかに肩を揺らした。
階、階。 ガタン、と軽い振と共にエレベーターが止し、エントランスホールの自ドアがいた。 がさく会釈をしてにりようとした、その背に向かって、正がぽつりと言った。
「……今度、飯でもいにくか」
のが止まった。 振り返ると、父は疲れた顔のまま、しだけ気まずそうに目を逸らしていた。 かつて庭を顧みず、仕事の鬼として恐れられていた父が見せた、初めての「々しい父親の顔」だった。
は胸の奥がツンと痛むのをじながら、俯いて答えた。
「……気が向いたら。失礼します」
で正面玄関へ向かうの頬を、夜のぬるいが撫でていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十通の辞表
祖父の跡を継ぎ、老舗料亭「綾瀬楼」の若女将となった28歳の蒼井。しかし総料理長の黒岩は、彼女を「高卒の小娘」と見下し、仕入れや経営への口出しを一切認めなかった。さらに創業100周年の記念宴会を翌日に控え、板前20人を引き連れて退職届を突きつけてくる。150人の客を迎える大切な宴席を前に、料理人が一斉に去るという絶体絶命の危機。ところが、土下座を迫られた蒼井は慌てるどころか、静かに微笑んだ。祖父が彼女を後継者に選んだ、本当の理由とは。職場逆転|因果応報|人生逆転|金銭問題2.2万字5 3204 -
完結第15話
正月、娘を家政婦扱いした義実家――私が下した決断
43歳のゆり子は、13歳の娘・美咲を連れて再婚した。しかし、結婚前は優しかった夫の賢二は、家事を押しつけ、娘の食事まで平気で奪うようになる。 迎えた初めての正月。夫の実家へ帰省した母娘を待っていたのは、休む間もない家事と姑からの冷たい仕打ちだった。さらに元旦、親戚の子どもたちがお年玉をもらう中、美咲だけが「他人だから」と仲間外れにされてしまう。人生逆転|嫁姑|夫婦|第二の人生|絶縁|親子関係1.9万字5 747 -
完結第15話
義母の老人ホーム代120万円を勝手に約束した夫
医療機器メーカーで働く結衣は、結婚以来、夫の翔太と義母の幸子に頼まれるまま、家電の買い替えや旅行代を負担してきた。月7万円の仕送りも、半分出すと約束した夫は一円も払わない。それでも家庭を壊したくない一心で我慢していたが、義母はついに結衣の勤務先へ送金を催促する電話をかけてくる。さらに夫は、義母が希望する高級老人ホームの入居金120万円まで、結衣に無断で支払う約束をしていた。夫のスマホに届いた一通のLINEをきっかけに、結衣は自分の人生を取り戻す決意をする。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|介護|金銭問題2.7万字5 1709 -
完結第15話
15年無給で働いた若女将を追い出した老舗旅館の末路
老舗温泉旅館「鶴の湯」に嫁いで15年。若女将の美里は一度も給料を受け取らず、料理から接客まで休む間もなく働いてきた。ところがある日、義母と夫はSNSで人気を集める若い女性を新しい若女将に迎え、美里を「時代遅れ」と追い出してしまう。長年守ってきた味も、常連客との約束も、彼らには何の価値もなかった。しかし、美里が去った翌朝から、旅館では思わぬ問題が次々と起こり始める。15年間、あの宿を本当に支えていたのは誰だったのか。職場逆転|人生逆転|嫁姑|第二の人生2.2万字5 439 -
完結第15話
夫の出張中に義両親が居座った――電話で判明した正体
夫の海外出張中、蒼井の家に突然やってきたのは、十年ぶりに顔を合わせる義両親だった。「息子から同居の許可をもらった」と言い張る二人は、家の料理を食べ尽くし、蒼井や娘のメイの服まで勝手に着て破いてしまう。追い出そうとしても、二人は居座るばかり。頼みの夫は電波の届かない場所にいて、連絡も取れない。そんな中、ようやく夫から電話がかかってくる。ところが、蒼井の訴えを聞いた夫は、思いもよらないことを口にした。厚かましい訪問者に振り回された母娘の、騒がしくも痛快な逆転劇。嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場1.4万字5 642 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 369 -
完結第15話
高齢女性を後回しにした受付――絵を替える女性の正体
町の内科クリニックに長年通う68歳の静子は、知人の山田さんが何度も診察の順番を飛ばされていることに気づく。受付の沼田は、特定の患者ばかりを優先し、理由を尋ねる山田さんには冷たい態度を取っていた。やがて山田さんは、受診することさえ怖くなってしまう。心配した静子が付き添った日、山田さんの顔色が急に悪くなるが、受付は取り合おうとしない。そんなとき、待合室で絵を掛け替えていた一人の女性が口を開く。その何気ない一言から、長年見過ごされてきた受付の問題が明らかになり始める。人生逆転|介護|金銭問題1.4万字5 333