"炎天下に追い出された新人と、5年ぶりに戻った男" 第15話
「……お母さん、んでるよ」 が静かにをいた。
正は墓を見つめたまま、く息を吐いた。 「美代子には、いくら詫びても詫びりん。……だが、。おが会社をあそこまでて直してくれたのを見て、ようやく美代子に顔向けができる気がするよ」
「私の力じゃないよ。滝川専務や堀田課、みんなが力を貸してくれたから」 は微笑み、父の横顔を見げた。 髪が増え、目元の皺がくなった父。だが、その瞳には、かつての徹な経営者の傲さは消え、の父親としての温かな慈が宿っていた。
「お父さん。……私、来から経営企画へ異することになったの」 「……滝川から聞いた」 正はし照れくさそうに線を泳がせた。 「わしの娘だから引きげるわけじゃない。……おが総務でげた実績と、現を見る目を、役員全員が評価した結果だ」
「分かってる。……でもね、私、名字は『潮見』のままにしておくから」 「……なぜだ」
は青空を見げ、れやかな笑顔を浮かべた。 「潮見美代子の娘として、現の声を番切にする役員になりたいの。……お父さんの背を追い越すまで、私は『正』の名に甘えないって決めたんだ」
正は瞬驚いたように目を見張り、やがて――豪に声をげて笑った。 「ハハハ! さすが美代子の娘だ! わしを追い越すだと? 百いと言いたいところだが……受けてってやる!」
広告
父のが、ののにポンと置かれた。 子どもの頃以来の、きくて、温かくて、し埃っぽい父ののひら。 は涙をこらえながら、そのの温もりをしっかりと受け止めた。
墓の向こうで、の柔らかな漏れが、まるで母がを抱きしめているかのように、優しく揺れていた。
の爽やかな朝。 本社最階の専務執役員には、今も主の姿がなかった。
「専務、またいらっしゃらないんですか?」 秘が呆れたように笑いながら、階の総務フロアへと類を届けにりてくる。
フロアの番奥、爽やかなが吹き抜ける窓際の席。 型落ちのスチールデスクので、老鏡をかけた滝川武が、からがってきた産報に赤ペンをらせていた。
「滝川専務、いい加減にの広いお部を使ってくださいよ」 堀田課が苦笑いしながらコーヒーを差しすと、滝川は顔をげていたずらっぽく笑った。
「ここが番落ち着くんだよ。フロアの雑音が聞こえて、誰が疲れているか、誰が悩んでいるかが目で分かる。現かられたら、俺の価値なんてゼロだからな」
そこへ、がりで駆け寄ってきた。 腕には、あのつの麦わら子が抱えられている。
「滝川専務! お返しします」 はデスクのに、古い麦わら子と、品の麦わら子を並べて置いた。
広告
「つはお借りしていたものです。本当にありがとうございました。……そしてもうつは、来週、のへ現察にかれるのための、私からのプレゼントです」
滝川はつの子を見比べ、眉をげて破顔した。 「つもいらんよ。……だが、ありがたくもらっておこう」
滝川はしい子をに取り、そのしっかりとした編み目を指先で撫でた。 「さん。……あんたのお袋さんは、俺の最初の司だった。伝票のき方も、現の臭さも、ものづくりの面さも、全部あのから教わったんだ」
は目を丸くした。 「お母さんから……?」
「ああ。だからな、あの、俺があんたを助けたのは、恩返しでもなんでもない。あんたが、理尽に負けずにまみれになってをむしり続ける、本物の『職の魂』を持った娘だったからだ。……それだけは、あんた自の力だ」
は胸がくなり、く、くをげた。 「はい……! これからも、精杯頑張ります!」
窓のを見げると、点の曇りもない抜けるようなの青空が広がっていた。 正の周りでは、とりどりの々がに揺れ、社してくる社員たちがるい声で挨拶を交わしている。
傲と腐敗にまみれていたは崩れり、誠実さと誇りを受け継いだ々によって、しい歴史が刻まれ始めていた。
滝川は窓際につの麦わら子を並べて掛け、力くちがった。
その背には、現をし、をし、未来を切り拓く男の、揺るぎない誇りが満ちあふれていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十通の辞表
祖父の跡を継ぎ、老舗料亭「綾瀬楼」の若女将となった28歳の蒼井。しかし総料理長の黒岩は、彼女を「高卒の小娘」と見下し、仕入れや経営への口出しを一切認めなかった。さらに創業100周年の記念宴会を翌日に控え、板前20人を引き連れて退職届を突きつけてくる。150人の客を迎える大切な宴席を前に、料理人が一斉に去るという絶体絶命の危機。ところが、土下座を迫られた蒼井は慌てるどころか、静かに微笑んだ。祖父が彼女を後継者に選んだ、本当の理由とは。職場逆転|因果応報|人生逆転|金銭問題2.2万字5 3204 -
完結第15話
正月、娘を家政婦扱いした義実家――私が下した決断
43歳のゆり子は、13歳の娘・美咲を連れて再婚した。しかし、結婚前は優しかった夫の賢二は、家事を押しつけ、娘の食事まで平気で奪うようになる。 迎えた初めての正月。夫の実家へ帰省した母娘を待っていたのは、休む間もない家事と姑からの冷たい仕打ちだった。さらに元旦、親戚の子どもたちがお年玉をもらう中、美咲だけが「他人だから」と仲間外れにされてしまう。人生逆転|嫁姑|夫婦|第二の人生|絶縁|親子関係1.9万字5 747 -
完結第15話
義母の老人ホーム代120万円を勝手に約束した夫
医療機器メーカーで働く結衣は、結婚以来、夫の翔太と義母の幸子に頼まれるまま、家電の買い替えや旅行代を負担してきた。月7万円の仕送りも、半分出すと約束した夫は一円も払わない。それでも家庭を壊したくない一心で我慢していたが、義母はついに結衣の勤務先へ送金を催促する電話をかけてくる。さらに夫は、義母が希望する高級老人ホームの入居金120万円まで、結衣に無断で支払う約束をしていた。夫のスマホに届いた一通のLINEをきっかけに、結衣は自分の人生を取り戻す決意をする。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|介護|金銭問題2.7万字5 1709 -
完結第15話
15年無給で働いた若女将を追い出した老舗旅館の末路
老舗温泉旅館「鶴の湯」に嫁いで15年。若女将の美里は一度も給料を受け取らず、料理から接客まで休む間もなく働いてきた。ところがある日、義母と夫はSNSで人気を集める若い女性を新しい若女将に迎え、美里を「時代遅れ」と追い出してしまう。長年守ってきた味も、常連客との約束も、彼らには何の価値もなかった。しかし、美里が去った翌朝から、旅館では思わぬ問題が次々と起こり始める。15年間、あの宿を本当に支えていたのは誰だったのか。職場逆転|人生逆転|嫁姑|第二の人生2.2万字5 439 -
完結第15話
夫の出張中に義両親が居座った――電話で判明した正体
夫の海外出張中、蒼井の家に突然やってきたのは、十年ぶりに顔を合わせる義両親だった。「息子から同居の許可をもらった」と言い張る二人は、家の料理を食べ尽くし、蒼井や娘のメイの服まで勝手に着て破いてしまう。追い出そうとしても、二人は居座るばかり。頼みの夫は電波の届かない場所にいて、連絡も取れない。そんな中、ようやく夫から電話がかかってくる。ところが、蒼井の訴えを聞いた夫は、思いもよらないことを口にした。厚かましい訪問者に振り回された母娘の、騒がしくも痛快な逆転劇。嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場1.4万字5 642 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 369 -
完結第15話
高齢女性を後回しにした受付――絵を替える女性の正体
町の内科クリニックに長年通う68歳の静子は、知人の山田さんが何度も診察の順番を飛ばされていることに気づく。受付の沼田は、特定の患者ばかりを優先し、理由を尋ねる山田さんには冷たい態度を取っていた。やがて山田さんは、受診することさえ怖くなってしまう。心配した静子が付き添った日、山田さんの顔色が急に悪くなるが、受付は取り合おうとしない。そんなとき、待合室で絵を掛け替えていた一人の女性が口を開く。その何気ない一言から、長年見過ごされてきた受付の問題が明らかになり始める。人生逆転|介護|金銭問題1.4万字5 333