"棺の中で眠る娘と、吠え続けた秋田犬" 第7話
元医療従事者ですか」
「はい。田民病院の救命病棟で主任護師をしておりました」
静子が淀みなく答えると、藤はく顎を引いた。
「素らしい判断です。この段階での急激な部加温を避け、枢加温を優先したことで細を回避できています。ただ、血液ガス分析で度の代謝性アシドーシスとカリウム血症の兆候がています。集治療(ICU)へ直ちに移し、経皮肺補助装置(PCPS)のスタンバイで慎に復温管理をいます。お母さんは度、族控へ」
自ドアの向こうへ運ばれていくストレッチャーの輪の音を見送りながら、静子は壁にをついた。
張り詰めていた緊張の糸が緩み、膝が震えた。自分の喪の胸元は、のたい体を温めるためにいたまま乱れ、と濡れたで黒ずんでいた。
控の子に腰をろした瞬、廊の向こうから革靴の激しい音がづいてきた。
顔をげると、息を切らして駆け込んできた健と、そのろで青ざめた顔をしてち尽くすエミリーの姿があった。
「静子! は……はどうなったんだ!?」
健はネクタイを緩め、取り乱した様子で静子のにち塞がった。その瞳には、父親としての狼狽と、自分たちが犯した取り返しのつかない過ちへの恐怖が入り混じっていた。
広告
静子はちがらなかった。たいベンチに腰をろしたまま、元夫の目をまっすぐに見据えた。その差しは、吹のあいののように静まり返り、切のを映ししていなかった。
「命は繋がっています。今、集治療で先方が復温の処置をしてくださっているわ」
「そうか……よかった、きていてくれたのか……!」
健は胸を撫でろし、壁にをついてへたり込もうとした。
「よかった、ですって?」
静子の声が、静かな廊にく刺さった。
健の体がビクリとねた。
「健、エミリーさん。私は聞きたいことがあります」
静子はゆっくりとちがり、の正面へと歩み寄った。エミリーは静子の線から逃れるように線を泳がせ、健の腕のろへを隠そうとした。
「が裏の沢で見つかった、なぜあの子はのパジャマのに、サイズもわないペラペラのウインドブレーカー枚しか着ていなかったの?」
健が息を呑んだ。
「のあの夜、は氷点度の猛吹だった。は歳よ。どんなに注な子どもでも、真のあの候ので防寒具も靴も履かずに、夜のに自らへびすはずがないわ」
「そ、それは……」健の喉が鳴った。「あの子が、夜に勝に玄関をけててってしまったんだ。俺たちが気づいたにはもう姿がなくて……すぐに消防団に連絡して探したんだ!」
広告
「嘘をつかないで」
静子は歩、元夫へと詰め寄った。
「は暗いところが嫌いだった。夜にでトイレにくことすら怖がって、ハチを連れてっていたあの子が、自発に真の漆黒のへを踏み入れるわけがない。……エミリーさん」
静子の徹な線が、髪を乱したエミリーを射抜いた。
「あなた、あの子に何をしたの?」
エミリーの青い瞳が激しく揺れた。
「な、何を言いすのよ! 私は……私はあの子を躾けようとしただけよ! 夜に起きてきて蔵庫を漁ったり、私の指示に従わなかったりするから……しの、玄関ので反省させようとしただけよ!」
「?」
「そうよ! ほんの分か分、の寒さをじれば儀を改めるとったの! まさかあの子が勝にの鍵をけて、へ逃げすなんてわなかったわ!」
エミリーはき直るように叫んだ。
「私はあの子のしい母親として、庭のルールを教えようとしたのよ! この国の母親みたいに甘やかすだけじゃ、まともなになれないでしょう!?」
「分か分?」
静子の声は、りを通り越して絶対零度の殺気を帯びていた。
「消防団の記録では、あの子が発見されたのは夜過ぎ。通報があったのは、翌朝の午よ」
廊が、を打ったように静まり返った。
健の顔から、完全に血の気が引いた。
「健……あなた、夜のにいなくなった娘を、なぜ朝のまで通報しなかったの?」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十通の辞表
祖父の跡を継ぎ、老舗料亭「綾瀬楼」の若女将となった28歳の蒼井。しかし総料理長の黒岩は、彼女を「高卒の小娘」と見下し、仕入れや経営への口出しを一切認めなかった。さらに創業100周年の記念宴会を翌日に控え、板前20人を引き連れて退職届を突きつけてくる。150人の客を迎える大切な宴席を前に、料理人が一斉に去るという絶体絶命の危機。ところが、土下座を迫られた蒼井は慌てるどころか、静かに微笑んだ。祖父が彼女を後継者に選んだ、本当の理由とは。職場逆転|因果応報|人生逆転|金銭問題2.2万字5 3204 -
完結第15話
正月、娘を家政婦扱いした義実家――私が下した決断
43歳のゆり子は、13歳の娘・美咲を連れて再婚した。しかし、結婚前は優しかった夫の賢二は、家事を押しつけ、娘の食事まで平気で奪うようになる。 迎えた初めての正月。夫の実家へ帰省した母娘を待っていたのは、休む間もない家事と姑からの冷たい仕打ちだった。さらに元旦、親戚の子どもたちがお年玉をもらう中、美咲だけが「他人だから」と仲間外れにされてしまう。人生逆転|嫁姑|夫婦|第二の人生|絶縁|親子関係1.9万字5 747 -
完結第15話
15年無給で働いた若女将を追い出した老舗旅館の末路
老舗温泉旅館「鶴の湯」に嫁いで15年。若女将の美里は一度も給料を受け取らず、料理から接客まで休む間もなく働いてきた。ところがある日、義母と夫はSNSで人気を集める若い女性を新しい若女将に迎え、美里を「時代遅れ」と追い出してしまう。長年守ってきた味も、常連客との約束も、彼らには何の価値もなかった。しかし、美里が去った翌朝から、旅館では思わぬ問題が次々と起こり始める。15年間、あの宿を本当に支えていたのは誰だったのか。職場逆転|人生逆転|嫁姑|第二の人生2.2万字5 439 -
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 213 -
完結第13話
産後の私に義母の世話を押しつけた夫の絶縁宣言
二人目を出産したばかりのレナは、母に二週間だけ家事と長男の送迎を頼んでいた。ところが夫の悠人は、相談もなくその約束を断り、代わりに自分の母親を呼んでしまう。手伝いに来たはずの義母は食事も洗濯もレナ任せ。夫に訴えても「家族なんだから」と取り合ってもらえない。とうとう子ども二人を連れて実家へ帰ったレナに、悠人は「母さんとは縁を切る」と宣言する。しかし、その言葉を聞いたレナが夫に求めたのは、思いがけないことだった。嫁姑|第二の人生|絶縁|親子関係1.3万字5 847 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 83 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 369