"消えた子猫と、花壇の頑固おじさん" 第4話
「……昔、飼ってたんだよ」
さんは、誰に聞かせるでもなく、夕暮れの空に向かってぽつりと呟いた。
「、俺と緒に暮らしたトラ猫がいてな。……俺が庭の入れをしてるに、落ちてた球根を齧っちまったんだ。病院へ担ぎ込んで命は取り留めたが、それからずっと内臓を悪くして……苦しませちまった」
さんの節くれだった指が、首輪の鈴をさく揺らした。 チリン、と掠れた音が、のに溶けていく。
「おらを見てると、あいつをいすんだよ。……を掘り返すのが好きでな、俺が植鉢を植え替えるたびに邪魔しに来て、られても平気な顔でゴロゴロ喉を鳴らしてやがった」
さんはそっと、クマのへを伸ばした。 クマは退りしなかった。ただ、きな瞳をまん丸にして、差し伸べられたの掌を見つめていた。
だが、指先がクマの額の毛に触れる直――さんはハッとに返ったようにを引っ込めた。
「……触らせては、くれないよな。野良猫だもんな」
自嘲気に呟き、さんはちがった。 ジョウロを拾いげ、背を丸めて歩きす。その歩みは、朝の威勢の良さが嘘のように、ひどくく、寂しげに見えた。
の朝、は鉛の分いに覆い尽くされていた。
夜けからり始めたは、を伴って激しさを増し、僕たちが寝にしているきなクスノキの根元の茂みにも、容赦なく吹き込んできていた。
広告
の葉を叩く音は鳴りのように轟き、面は見るにで溢れ、たいたまりが僕たちの先を浸していく。
「寒いよ……こん兄ちゃん」
クマが僕の腹のに潜り込み、さく丸まっていた。 郎が側に陣取り、吹き付ける横殴りのをそのきな体で遮ってくれていたが、郎のキジトラの被毛はすでにを吸ってぐっしょりと濡れ、く垂れがっていた。
こんな嵐の朝に、が来るはずもない。 今はご飯を諦め、で体温を分けって耐え忍ぶしかない――僕がそう覚悟を決めただった。
ジャリッ、ジャリッ……。
音に混じって、たまりを力くねげる自転の音が聞こえてきた。
僕と郎は同に顔をげた。 界の霞む豪の向こうから、黄いレインコートを着たが、必にペダルを漕いでこちらへ向かってくる。
みどりさんだった。
にあおられてハンドルをとられそうになりながら、彼女はいつものベンチので自転を急止させた。 フードから滴るが、彼女の顔を滝のように濡らしている。
「みんな! いるの!? ておいで!」
叫ぶような声。 僕と郎は茂みからびした。がたいに沈むのも構わず、みどりさんの元へと駆け寄る。 だが、クマは寒さと湿気で体が固まってしまったのか、茂みの奥で震えたままけなくなっていた。
広告
「よかった……無事だったのね!」
みどりさんは膝をつき、がレインコートの裾を汚すのもに介さず、カゴからアルミホイルで厳に包まれたタッパーを取りした。には、しでも体を温められるよう、肌に温められた肉スープ入りのフードが入っていた。
「遅くなってごめんね。がくて、なかなかまなくて……」
みどりさんは傘を広げ、僕たちがべるに差し掛けた。 自分はざらしになりながら、僕たちが濡れないよう、必に傘の柄を両で支えている。
「おい! こんな嵐のに、何やってんだあんたは!」
煙の向こうから、傘を差したがでづいてきた。 さんだった。 首にタオルを巻き、靴を履いたさんは、壇のはけを確認しに来たところだったのだろう。ずぶ濡れになりながら猫に傘を差す柄な女性の姿を見て、信じられないものを見るように目を見いていた。
「こんな砂りので餌なんか撒いて! 邪でも引いたらどうするんだ!」
「この子たちは……」
みどりさんは髪から流れるをぬぐおうともせず、さんを見げた。
「この子たちは、嵐のも、のも、ここで待っているんです。昨べたから今はべなくていいなんて、この子たちには言えませんから……!」
その言葉に、さんは息を呑み、言葉を失った。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
父の葬儀中「飯を作れ」と怒鳴った夫に、参列者が…
父の葬儀で喪主を務める美穂のもとに、夫・健一から何度も電話がかかってきた。用件は「今すぐ帰って飯を作れ」という身勝手な要求だった。二十年間、夫の暴言と厳しい金銭管理に耐えてきた美穂。父との最後の別れさえ邪魔され、ついに参列者の前で夫の怒声が響き渡る。すると、最後列に座っていた一人の男性が立ち上がった。その人物は亡き父の教え子で、健一とも思いがけないつながりがあった。因果応報|怒り|夫婦|親子関係|修羅場1.6万字5 2553 -
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 213 -
完結第12話
昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」
昭和35年春。集団就職列車を迎えに上野駅へ来た食堂の主人は、「山本春子」と呼ばれた少女が二人同時に手を挙げたことに戸惑う。一人は店で働くために上京した春子。もう一人の晴子は、三年前に東京へ出た姉を捜していた。姉は故郷へ帰ったことになっているのに、家族は誰も会っていない。不審に思った主人が古い雇用通知書を調べると、晴子の帰郷を証明する書類に、自分の署名が残されていた。誰が少女たちの名前を使い、何を隠していたのか。集団就職の時代を背景に、書類一枚に翻弄された若者たちの人生を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.3万字5 83 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 369 -
完結第12話
150万円を払わせたママ友、次は寿司300万円
夫の昇進祝いで家族とレストランを訪れたひまり。楽しい食事の最後に告げられた会計は、なんと150万円。原因は、顔見知り程度のママ友・ぽて子一家が大量の料理を注文し、勝手にひまりへ支払いを押しつけたことだった。仕方なく立て替えたものの、返金を求めると渡されたのは、まさかのポテトチップスの空袋。しかも数日後、ぽて子は高級寿司店で新たな計画を立て始める。「ママ友なんだから払って当然」と言い張る一家に、ひまりが取った行動とは?因果応報|夫婦|真相|親子関係|金銭問題|修羅場1.2万字5 1147 -
完結第12話
毎朝「出ていけ」と怒鳴る隣人、測量の日に顔色が変わった
「引っ越しなさい!」毎朝七時、向かいの家の奥さんに怒鳴られる六十八歳のしず子。生まれ育った家を手放す気はないが、理由のない嫌がらせは日に日にひどくなり、相手の夫まで引っ越しを勧めてくる。しず子は言い返す代わりに、毎日の出来事をノートに書き留めていた。そんなある日、隣人の土地売却をきっかけに境界の測量が行われる。測量士が示した一本の線と、亡き祖父が残した古い封筒。そこには、長年の隣人関係を覆す意外な約束が隠されていた。怒り|真実|修羅場1.3万字5 562 -
完結第12話
新幹線で母娘の席を奪った女、現れた女性を見て絶句
五歳の娘パニミと夏休みの帰省を楽しみにしていた、弁当店を営むシングルマザーのパニコ。新幹線の自由席でようやく親子並んで座れたものの、見知らぬ女性に突然コーヒーをこぼされてしまう。服を拭くため席を外したわずかな間に、その女性は荷物を床へ放り出し、二人の席を奪っていた。娘を守るため、悔しさをこらえてデッキへ向かったパニコ。そこで偶然、日頃から世話になっている立花会長と再会する。事情を聞いた会長が一緒に席へ戻ると、先ほどまで威張っていた女性の顔色が一変して……。怒り|真相|親子関係|修羅場1.2万字5 1512 -
完結第10話
消えた卵の秘密
茜の家では、父の再婚相手・美津江が届けてくれる卵が、なぜか毎回なくなっていた。夜中につまみ食いをする夫の陽斗を疑っていた茜だったが、ある日、卵をこっそり持ち出す小学一年生の娘・凛を目撃する。「急に卵が嫌いになった」と泣く娘。しかし、いつもは素直な凛の様子はどこかおかしかった。そんな中、美津江から再び大量の卵が届く。茜は娘のために手作りプリンを用意するが、それを食べた美津江は、材料を聞いた途端に顔色を変えてしまう。娘が必死に隠していた秘密とは、いったい何だったのか。祖父母と孫|真実|真相|第二の人生1.4万字5 849 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 600