"入院中、母が勝手に老人ホームへ送られていた" 第4話
「あそこだよ。おの母親なら、老ホームに入れたよ」
「老……ホーム……?」
言葉のが、すぐには脳に届かなかった。
目のの男が何をっているのか、から入った音と言葉の定義が激しく乖し、界がぐらりと揺れた。
「何言ってるの……? お母さんはまだ歳よ。はし悪いけど、もはっきりしてるし、の回りのことだって全部自分でできていたじゃない! なんで勝に施設に入れるのよ!」
「で暮らせるわけないだろ!」
健太はき直ったように声を張りげた。
「おが入院した翌、母さんが庭の段差でを滑らせて転んだんだよ! 所のから俺のところに連絡が来てな、病院に連れてったら軽い捻挫だって言われた。だけどな、おもしばらく退院できない、俺も仕事がある。誰が毎の飯や呂の面倒を見るんだよ! また転んで骨でも折って、孤独でもされたら悪いだろ!」
「だからって、私に言の相談もなく決めることじゃないでしょう! なんで入院の私に嘘をついたの!? 『話で話した』『元気にしてる』って、全部嘘だったんじゃない!」
「おに話したら『退院するまで待って』とか言って騒ぐに決まってんだろ! 善は急げって言うだろ。介護認定の申請枠でショートステイからそのまま入れる民の施設を、俺がを使って探してやったんだ。
広告
ありがたくえよ!」
健太は胸を張り、さも自分こそが危を救った能なであるかのように言い放った。
菜緒は震えるで段ボール箱の隙に指を掛け、力任せにガムテープを引き剥がした。
箱のから転がりてきたのは、母が毎朝お茶を淹れていた美濃焼の急須と、父の形見である古い置計だった。さらにそのには、母が切に保管していた預通帳の袋や、の権利証が入った桐箱まで詰め込まれていた。
「……これ、何? どうして母の通帳や権利証までまとめてるの?」
「施設に入るならがかかるだろ。入居のや々の費用はどうすんだよ。それに、暮らしの寄りが施設に入ったら、このボロだって空きになる。管理するのも固定資産税を払うのも無駄だろ。売却の査定も頼んでおいたぞ。このを売れば、施設の費用も賄えるし、残ったで俺たちの活もしは潤う」
菜緒の全の血が、瞬にして沸点を超え、次の瞬には凍りついた。
母を配して施設へ入れたのではない。
菜緒がきの取れない週のに、の怪に乗じて母を言いくるめてから追いし、実のと資産を処分して自分たちの懐を潤そうとしていたのだ。
「どこなの」
菜緒の声から、震えが消えた。氷のようにたく、研ぎ澄まされた刃のような響きが、埃っぽい空気を切り裂いた。
広告
「母をどこへ連れてったの。今すぐ所を教えなさい」
健太は菜緒のあまりの変貌に瞬気圧されたようにずさったが、すぐにを鳴らした。
「ののにある『ひだまりの郷』だよ。……おい、今からく気か? 退院したばかりなんだから、今はおとなしく——」
「の鍵を寄越しなさい。あなたが連れてかないなら、今すぐ警察を呼んで、法侵入と拐かしであなたを通報する」
「な……警察だと!? 夫に向かって何言ってんだ!」
「くしなさい!」
菜緒の気迫に呑まれた健太は、忌々しそうにの鍵を握り直し、「勝にしろよ! 連れてってやるから乗れ!」と鳴り散らしながら玄関をびしていった。
実をる際、菜緒は散乱した段ボールの隙から、母の鏡ケースと使い慣れたのストールを拾いげ、ボストンバッグのへと押し込んだ。
窓を流れる見慣れた並みが、まるでらないののようにたく見えた。
、この男のどこを見てきたのだろう。
義理の両親へ毎万円以の仕送りを続け、夫の顔を窺い、庭の平を守るために譲歩をねてきた自分の愚かさが、刃となって胸を抉った。だが、今は泣いているなどない。母を、あの酷な男のから奪い返さなければならなかった。
からで分ほどあいに向かった興宅の端に、その施設はあった。
鉄筋コンクリート造りの階建て。
広告
おすすめ作品
-
完結第17話
しおれた野菜と30万円
正月準備のため妻・綾野に三十万円を預けた修平が帰宅すると、冷蔵庫は空になり、綾野はしおれた野菜を抱えて震えていた。防犯カメラには、合鍵で侵入した母・久美子と妹・ゆりが、食材と現金を奪い、「妻が使い込んだことにする」と脅す一部始終が残されていた。 修平は援助や契約を停止し、父の遺品を調べる。その結果、母は前夫の家から二百万円を持ち逃げし、血のつながらない修平を守ろうとした父に返済を肩代わりさせていたことが判明する。完済後も母は架空の利息をでっち上げ、修平の出生を暴露すると父を脅して、長年金を奪い続けていた。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場2.5万字5 250 -
完結第17話
母に追い出された私が、介護を手放すまで
三年間、要介護の母・一枝の家事と介護を一人で背負ってきた由美子は、「大好きな長男夫婦と暮らすから出ていけ」と追い出される。彼女は反論せず、通院、服薬、食事、排泄介助まで記した冷蔵庫の予定表だけを外し、新しい生活へ踏み出した。 由美子が消えると、兄・秀樹夫婦は介護の重さと毎月約九万円の費用に直面する。さらに秀樹が母の定期預金三百万円を、不倫相手への手切れ金として使い込んでいた事実も判明。義姉マリは耐えきれず家を出て、秀樹は汚物の処理すらできないまま妹へ泣きつく。 しかし由美子は、母と兄の身勝手な要求を拒み、実家からの電話を着信拒否にする。兄弟姉妹|親不孝|裡の顔|介護2.6万字5 172 -
完結第16話
消えた子猫と、花壇の頑固おじさん
公園で暮らす地域猫のこん、五郎、クマは、新しく作られた花壇を掘り返し、管理を担う大西を激怒させる。ボランティアのみどりが謝罪しても、大西は猫の撤去を要求するが、彼の怒りの奥には、かつて球根をかじって病気になった愛猫チャロへの深い後悔が隠されていた。 やがて体の弱いクマが姿を消し、茂みの奥で衰弱しているところを大西が発見する。動物病院へ運び、治療費を負担した大西は、五年前にチャロを失ってから閉ざしていた自宅へクマを迎え入れる。クマもまた、古い毛布や爪とぎに残る温もりを受け入れ、大西の膝で安心して眠るようになる。 しかし、公園に残されたこんと五郎には、行政による一斉捕獲の通告が突きつけられる。猶予はわずか二週間。怒り|真相2.4万字5 85 -
完結第15話
炎天下に追い出された新人と、5年ぶりに戻った男
正木電気の新人・潮見知夏は、猛暑の中で草むしりを強要され、総務部長・黒岩から執拗な嫌がらせを受けていた。五年ぶりに本社へ戻った滝川武は彼女を救い、腐敗した職場の実態を静かに探り始める。 知夏は書類整理中、解約済みの植栽会社へ毎月五十万円が送金され続けている事実を発見。その直後、地下倉庫へ追放され、ついには炎天下で倒れてしまう。滝川と堀田課長は、黒岩と八谷常務による総額二億三千万円の横領証拠を揃え、臨時役員会を招集する。 そこで滝川が専務執行役員であることが明かされ、帰国した正木社長も黒岩を追及する。職場逆転|因果応報|人生逆転|修羅場2.3万字5 285 -
完結第11話
父の葬儀を捨てた夫へ、亡き父が遺した最後の証拠
父の葬儀の読経中、夫のスマホが3度震えた。 「会社で緊急のトラブルがあった」 そう言って席を立った夫は、私の父を見送ることなく姿を消した。 喪主だった私は、何も言えず一人で最後まで葬儀を終えた。 その夜、冷たい家に戻ると、午前2時57分―― 亡くなったはずの父の名前から、メッセージが届いた。 「誰にも言わず、母さんの墓へ行きなさい」 半信半疑で向かった先で、父が残していたものを見つけた。 そこに入っていたのは、夫の知られざる裏切りと、私を守るための証拠だった。 そして私は初めて知った。 父は最後の日まで、私の人生を守ろうとしていたのだ。夫婦|親子関係|修羅場|不倫1.6万字5 358 -
完結第19話
夫に捨てられた盲目の妻が隠していた秘密
三年前の事故で失明した咲は、夫・拓也から介護を疎まれ、深夜のサービスエリアへ置き去りにされる。しかし車が消えた直後、彼女はサングラスを外した。視力はすでに回復しており、拓也の不倫や財産強奪を知った咲は、義父・吉夫と協力して千日間“盲目の妻”を演じ、証拠を集めていた。 拓也は愛人リカと会社の金を横領し、咲の三億円の遺産まで奪って海外逃亡を企てる。だが口座は凍結され、持ち出した札束は新聞紙にすり替えられていた。さらに、寝たきりだと思っていた吉夫も回復しており、部下だと信じていた健太も内部調査員だったと判明。拓也は懲戒解雇され、横領の刑事告訴と五億円の連帯保証債務を突きつけられる。 すべてを失った拓也が助命を乞うなか、咲は最後の「答え合わせ」を始める。三年前に彼女を失明させたトラック事故は、偶然ではなかったのではないか――その一言を聞いた拓也は顔面を蒼白にする。物語は、事故に隠された拓也最大の罪が明かされる直前で途切れている。裡切られた|夫婦|修羅場2.8万字5 356 -
完結第13話
私を捨てた元婚約者が、十数年後に知った本当の私
高校卒業二十周年の同窓会に、招待されていない富本吉春が、社長令嬢の妻・エミナを連れて現れる。十四年前に婚約者だった医師・真子を裏切った彼は、「金持ちと結婚した俺だけ幸せでごめんな」と公然と嘲笑するが、真子は静かに「本当にそう思う?」と問い返した。 かつて吉春は、激務の真子に家事と結婚準備を押しつけたうえ、同級生の美雪を自宅へ連れ込み、開き直って婚約を破棄していた。両親に慰謝料まで肩代わりさせた彼と縁を切った真子は、その後、誠実な同級生・小関京介と再会して結婚。京介は倒産寸前の家業を、東証プライム上場企業へ成長させた経営者になっていた。 同窓会場で真子が過去の浮気と卑劣な責任逃れを暴露すると、吉春の虚飾は崩れ始める。そこへ京介が現れ、真子の夫だと判明。さらに吉春の妻エミナは彼を見るなり「小関社長」と青ざめる。物語は、エミナと京介の関係、そして吉春の“勝ち組”という嘘が暴かれる直前で途切れている。夫婦|裡の顔|不倫2.0万字5 593