"昭和29年、教室から消えた子どもたち" 第5話
なくとも今すぐ療養所へく必はないと分かった。
「学へ戻れる」
ほっとした。
だが母は言った。
「学には、詳しく言わなくていいからね」
「何を」
「検査のこと」
「何で」
「何でって」
「僕、結核じゃないんだろ」
「だからこそよ」
文の目は真剣だった。
「度でも『は結核かもしれない』って噂がったら、結果なんてから誰も聞かない」
夫は黙った。
信。
子。
坂本。
みんな同じだった。
病気そのものより、
「そうかもしれない」
という言葉が怖い。
翌朝。
夫はぶりに学へった。
教へ入った瞬。
全員が自分を見る。
子が言った。
「、転したんじゃなかったの?」
「してない」
「じゃあ何で休んでたの」
先が入ってきた。
「席に着け」
質問は止まった。
だが線は止まらなかった。
その。
夫は初めて、
空席ではなく、
戻ってきたの方が怖いのだとった。
休みになると、男子数が夫の机の周りへ集まった。
「どこってたんだよ」
「親戚の?」
「転するんじゃなかったの?」
「しないよ」
夫はく答えた。
「じゃあ病気?」
その言で、
周囲が静かになった。
夫は相を見る。
聞いたのは野という男子だった。
悪がある顔ではない。
ただりたいだけ。
その方が余計に答えにくかった。
「違う」
「じゃあ何で」
「庭の事」
言ってから嫌になった。
自分も同じ言葉を使っている。
広告
野は、
「ふうん」
とれていった。
昼休み。
子がパンを持って隣へ来た。
「、本当は何だったの」
「何でそんなにりたいの」
「森田さんも林君も、みんないなくなったから」
夫はし迷った。
「検査」
「何の?」
「胸の」
子のが止まった。
その瞬を夫は見逃さなかった。
「ほら」
「何」
「今、嫌な顔した」
「してない」
「した」
子がったように言う。
「だって怖いでしょ」
「僕は結核じゃなかった」
「本当に?」
「本当だよ」
「でも検査したってことは」
夫は何も言えなかった。
松永先の言葉をいす。
《だって、怖いものを正しく怖がれるばかりじゃない》
子供も同じだった。
放課。
夫は先へ言った。
「先」
「何だ」
「僕のこと、転って言ったんですか」
はし困った顔をした。
「転する能性がある、とだけ」
「みんな転したとってました」
「詳しい事を言えなかった」
「僕が戻ってきたら余計変ですよ」
は黙った。
「先たち、守ってるつもりかもしれないけど」
夫は続けた。
「帰ってきたの方が怪しまれます」
は子へ座った。
疲れた顔をしている。
「先だって、これが番いいとっているわけじゃない」
「じゃあ変えればいい」
「簡単に言うな」
初めての声に苛ちが混じった。
「の徒だけの問題じゃない。族がいる。親の考えがある。学が勝に病名を話せるわけじゃない」
広告
「でも嘘をつく必はない」
「では何と言う」
夫は答えに詰まった。
「しばらく休みます、でいい」
「理由を聞かれる」
「言えません、で」
「それで皆が納得するとうか」
「転よりましです」
はく黙った。
やがて言った。
「も同じことで悩んでいる」
夫は初めてった。
たちも、正解をっているわけではない。
ただその代ので、
誰かを傷つけないように、
別の誰かを傷つけているのかもしれなかった。
の終わり。
信から通目のが来た。
《親父がの療養所に入った。面会はまだできない。母ちゃんは働きにることになった。俺は伯父さんのにいる。学へ戻っていいって言われたけど、母ちゃんがもうし待てって。そっちで何か言われてるか。》
夫はその夜、
母に信の話をした。
文は黙って聞いた。
「信、学へ戻りたいって」
「そう」
「でもおばさんが止めてる」
「気持ちは分かる」
「何で」
「親だから」
夫は苛った。
「またそれ」
「何が」
「守るために隠すってやつ」
文は茶碗を置いた。
「悪い?」
「悪いとは言ってない」
「じゃあ」
「でも、それで信が学に戻れないなら守ってないじゃん」
文の顔が険しくなる。
「おはまだ何もらない」
「その言葉ばっかりだ」
「らないから言えるのよ」
とも黙った。
やがて文が言った。
「姉さんが婚約を破談にされたね」
夫が顔をげる。
「仕事も辞めさせられた」
「何で」
「戻ってきたばかりだったから」
「治ってたんだろ」
「それでもよ」
文はい目をした。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和44年、最終バスから消えた女性車掌
昭和44年、女性車掌・藤村紀子は最終バスの途中で姿を消し、車掌鞄から三万円を盗んで逃げたと噂された。25年後、娘の美和が廃校の屋根裏で十三枚の乗車券を発見する。当夜の公式記録は乗客十二人だったが、十三枚目は家庭で虐待されていた九歳の少年・高瀬誠の切符だった。 紀子は帰宅を拒む誠を継父・大島へ渡さず、夫の英一に託して鉱山会社の不正資料を取りに向かった。事故隠蔽や児童労働の証拠を掴んだものの追われて富山へ逃れ、その後三度手紙を送っていた。しかし英一は、最初は誠を守るため、後には自分の嘘が露見する恐怖から、すべて受取拒否にしていた。三万円の盗難も、運転手や営業所長らが作った偽装だった。 生存していた紀子と再会した美和は、母の潔白を証明しても、25年の不在まで無条件には許さない。会社記録は訂正され、十三枚の切符は廃校の資料室に保存される。父母は離婚し、美和は双方と境界を定めながら関係を築き直す。最後に母娘は一緒に資料室の戸締まりをし、次に会う日を、初めて誰にも決められず自分たちで選んだ。歴史|昭和|ミステリー|真相2.7万字5 205 -
完結第12話
昭和28年、妻が消える炭鉱町
昭和28年、筑豊の炭鉱住宅では、給料日の翌朝になると妻たちが一人ずつ姿を消していた。兄嫁・節子までいなくなった澄子は、夫たちの前借金と失踪が記された帳簿を発見する。 女たちは借金返済のため、夫と炭鉱の了承のもと隣町の選炭場へ送られていた。しかし賃金から宿代や紹介料を引かれ続け、働いても借金は減らない。節子は不正を疑い、失踪後にわざと新たな借用証を作らせ、二つの帳簿を比較しようとしていた。 節子に頼まれた澄子が五年前の帳簿を調べると、事故で亡くなった父と母の署名、そして《完済せず》の文字を見つける。兄嫁たちだけでなく、自分の家族も昔から同じ仕組みに組み込まれていたのだった。時代|歴史|昭和1.8万字5 13 -
完結第16話
給料袋を取り上げる姑と、娘の進学
昭和38年、娘・恵子を高校へ進ませるため食品工場で働き始めた典子は、初給料を姑タツに玄関で取り上げられる。家計簿を調べると浪費の跡はなく、給料は貯金されていた。しかし、その名目は《正人・高校進学資金》。家族の将来から、娘の進路だけが最初から除かれていた。 典子は自分名義の口座を作り、少額ずつ恵子の受験資金を蓄える。隠し貯金が発覚すると、タツは「家の金を隠した」と激怒。タツ自身も弟の進学のため学業を諦めた過去があり、「男に教育、女は家」という価値観を、自分の人生を正当化するため孫娘にも押しつけていた。 願書締切の日、逃げ続けていた夫・浩一が初めて「恵子に受けさせよう」と決断する。恵子は合格し、タツも完全には考えを改めないまま通学鞄代を差し出した。次の給料日、タツはもう封筒を奪わず、典子は自分で決めた生活費だけを渡す。家族は壊れたのではなく、ようやく「一人が全員の人生を決める家」ではなくなった。時代|歴史|昭和2.4万字5 370 -
完結第10話
帰れなかった実家
昭和30年、房子は父危篤の電報を受け取るが、姑タミから「この家の嫁なら実家へ帰るな」と命じられ、夫・正雄にも引き止められる。翌日、法事の最中に父の訃報が届き、房子は最後の別れを奪った姑と夫に心を閉ざした。 五年後、今度はタミの姉が倒れる。房子に過去を突きつけられたタミは、自分も若い頃、姑に母の葬儀へ行かせてもらえなかったと告白する。苦しみに意味があったと思うため、同じ理不尽を嫁へ受け継がせていたのだ。それでも房子は、姉が生きているうちに会うようタミを送り出した。 二人がすぐ親密になることも、房子が過去を忘れることもなかった。しかしタミは、嫁いでいく孫娘に「ここもあなたの家。帰りたい時は帰りなさい」と伝える。房子が姑を完全に許したからではなく、「自分がされたから次の人にもする」という鎖を止めたことで、家族の価値観は一世代をかけて変わり始めた。時代|歴史|昭和1.4万字5 214