"一着の学生服を分けた双子" 第4話
「なぜ昭夫君の名が、信夫君の保証欄にあるんです」
澄が夫の袖へ触れた。
「あなた、もう話した方が」
「黙ってろ」
「子供たちにも関係あることでしょう」
隣の襖の向こうには双子がいる。
聞こえているはずだった。
正はい鉢を見つめ、
やがてい声で語り始めた。
最初に阿久津からを借りたのは。
澄が肺を悪くし、何かも働けなくなっただった。
がを貸すようなではない。
親戚にも余裕はない。
正は勤め先へをげ、
万円を借りた。
翌、千円。
の薪。
薬。
賃。
学用品。
りなくなるたびに借りた。
「返しているんですか」
「毎料から引かれてる」
「残りはいくらです」
正は黙った。
「いくらですか」
「分からん」
「分からない?」
「帳面は向こうが持ってる」
浦の胸に嫌な覚が広がった。
「それで信夫君の就職と、どうつながるんです」
正の拳が震えた。
「の暮れ、阿久津さんに言われた」
「何と」
正は唇を噛んだ。
「卒業したら、息子をよこせって」
部の空気が変わった。
み込みで使う。
事と寝る所を用する。
料も払う。
その料の部からの借を返す。
それなら、
これ以細かいことは言わない。
「それを受けたんですか」
浦が声をめると、
正も顔をげた。
「断ったら先がを貸してくれたのか!」
「そういう問題じゃありません」
広告
「そういう問題だ!」
正は膝を叩いた。
「女の薬代は誰がした。に米がなくなった、誰が貸した。子供の教材費が払えない、誰が待ってくれた」
浦は黙った。
阿久津に助けられたことも、
確かに事実だった。
正は息をえながら続けた。
「俺だって信夫をしたくなかった。でもあいつが聞いたんだ」
父と阿久津の話を、
信夫は偶然聞いていた。
その夜、
信夫は自分から言った。
《俺がけばいい》
昭夫にはらせない。
母にも詳しく話さない。
へかない理由は、
勉が嫌だから働く、
ということにする。
から材へ通っていたのも、
から使い物になるよう仕事を覚えるためだった。
しかし昭夫も途で気づいた。
兄のに増える傷。
おきの作業着。
屑の匂い。
問い詰められた信夫は、
最には事を話した。
すると昭夫は、
《兄ちゃんだけが働くなら、俺も半分働く》
と言った。
菓子がつなら半分。
鉛が本なら交代。
の袋も。
漫画も。
自転も。
何でも半分にして育った兄弟だった。
だから、
学と仕事まで半分にした。
浦はしばらく言葉を失った。
「では、保証の名は」
正の顔が歪んだ。
「俺がいた」
襖の向こうで物音がした。
「昭夫君はっているんですか」
「らない」
「なぜ弟の名を」
正は両で顔を覆った。
「阿久津さんに聞かれたんだ」
広告
「何を」
「信夫が途で逃げたらどうするって」
浦の背筋がえた。
「それで?」
「そのは昭夫が代わりに働く、と」
襖が勢いよくいた。
昭夫がっていた。
顔が真っだった。
「父ちゃん」
正が振り向く。
「昭夫」
「俺の名、勝にいたの?」
「形だけだ」
「兄ちゃんが逃げたら俺がくってことだろ」
「そういうじゃない」
「じゃあ何だよ!」
昭夫が父へ鳴った。
そのろから信夫もてきた。
「昭夫、やめろ」
「兄ちゃんはってたの?」
「保証のことはらない」
「本当かよ」
「本当だ!」
それまでは、
学も。
定期も。
授業も。
仕事も。
全部半分にできた。
しかし、
卒業のだけは、
半分にできなかった。
翌朝。
信夫も昭夫も学へ来なかった。
昼過ぎ、職員の話が鳴った。
「浦先」
阿久津だった。
「の弟が来てる」
「昭夫が?」
「兄貴じゃなく、自分を雇ってくれって言ってる」
浦は子からちがった。
だが話を切る直、
阿久津がもう言付け加えた。
「それとな、先」
「何です」
「借のこと、正から何て聞いた」
「何って」
「万以残ってるとでもってるのか」
浦のが止まった。
阿久津はそれ以答えず、
話を切った。
浦は受話器を握ったままけなかった。
もし正が把握している借の額と、
実際の額が違うのなら。
信夫が差しそうとしているは、
いったい何のためなのか。
浦が阿久津材へ駆け込むと、昭夫は事務所にっていた。父親のおがりらしいきな着を着て、袖を何度も折り返している。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
火曜日だけ「受取済」が増える町
昭和22年、大阪。配給日の火曜日になると、まだ米を受け取っていない家の通帳に、なぜか《受取済》の判が押されていた。 ある日、十六歳の俊夫の家も米を受け取れず、家族は一週間分の食料を失う。印影は母の判子と酷似し、配給所では叔父が帳簿を管理していた。 真相を確かめるため、俊夫は夜の配給所へ忍び込む。そこで見つけた裏名簿には、死亡者や未帰還兵の名義で今も米が支給されていた。 そして、その中には二年前に亡くなった父の名前もあった。 《高橋勇作 一人分》 《受取人 芳江》 母はなぜ、死んだ父の名で米を受け取り続けていたのか。さらに調べるうち、善意から始まった秘密の配給と、それを利用して本当に米を奪っていた人物の存在が浮かび上がってくる。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 48 -
完結第12話
昭和28年、妻が消える炭鉱町
昭和28年、筑豊の炭鉱住宅では、給料日の翌朝になると妻たちが一人ずつ姿を消していた。兄嫁・節子までいなくなった澄子は、夫たちの前借金と失踪が記された帳簿を発見する。 女たちは借金返済のため、夫と炭鉱の了承のもと隣町の選炭場へ送られていた。しかし賃金から宿代や紹介料を引かれ続け、働いても借金は減らない。節子は不正を疑い、失踪後にわざと新たな借用証を作らせ、二つの帳簿を比較しようとしていた。 節子に頼まれた澄子が五年前の帳簿を調べると、事故で亡くなった父と母の署名、そして《完済せず》の文字を見つける。兄嫁たちだけでなく、自分の家族も昔から同じ仕組みに組み込まれていたのだった。時代|歴史|昭和1.8万字5 2260 -
完結第10話
昭和29年、教室から消えた子どもたち
昭和29年春、青葉中学校では結核検診の後、生徒が一人ずつ「転校した」と告げられ、姿を消していった。親友までいなくなった和夫は、その机から《要精密検査》の通知を発見する。 しかし消えた生徒たちは、本人や家族に結核の疑いがあるため、偏見から守ろうと学校が事情を伏せていただけだった。やがて和夫自身も再検査となり、病気以上に噂や差別が人を追い詰める現実を知る。 和夫の働きかけで学校は方針を改め、休んだ生徒の席を残すようになる。信一や洋子も教室へ戻り、病気の名前より先に、その人自身を見る大切さが静かに広がっていった。時代|歴史|昭和1.5万字5 336 -
完結第16話
給料袋を取り上げる姑と、娘の進学
昭和38年、娘・恵子を高校へ進ませるため食品工場で働き始めた典子は、初給料を姑タツに玄関で取り上げられる。家計簿を調べると浪費の跡はなく、給料は貯金されていた。しかし、その名目は《正人・高校進学資金》。家族の将来から、娘の進路だけが最初から除かれていた。 典子は自分名義の口座を作り、少額ずつ恵子の受験資金を蓄える。隠し貯金が発覚すると、タツは「家の金を隠した」と激怒。タツ自身も弟の進学のため学業を諦めた過去があり、「男に教育、女は家」という価値観を、自分の人生を正当化するため孫娘にも押しつけていた。 願書締切の日、逃げ続けていた夫・浩一が初めて「恵子に受けさせよう」と決断する。恵子は合格し、タツも完全には考えを改めないまま通学鞄代を差し出した。次の給料日、タツはもう封筒を奪わず、典子は自分で決めた生活費だけを渡す。家族は壊れたのではなく、ようやく「一人が全員の人生を決める家」ではなくなった。時代|歴史|昭和2.4万字5 509