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"三日待て――命を懸けて起爆盤を粉砕した現場主任、120人を救い500億の黄金を暴く" 第17話

への敬礼(完結)

崩落の惨劇からヶが経過した翌の、奥羽脈の懐に抱かれた黒鉱には、解けを吸ったブナの若葉が鮮やかな緑の芽を吹き始めていた。

午分。事業所の朝礼広には、真しい紺の作業を着込み、い全ヘルメットを被った鉱夫たち名が然と並んでいた。たい朝の空気の、彼らの表には以のような張りや、司の顔を窺う卑屈なは微もなかった。

広の央、掲示板の最も見やすい位置には、本社の保規程改定に伴って全現へ通達された『全確認憲章』が、にさく揺れている。 そこには、かつてはしなかったしい条文が太字で刻まれていた。 【発破及び掘作業において、いかなる作業員であれ違を覚えたは、直ちに作業を保留し再確認を求する権利をする。その報告者を評価及び配置において利に扱うことを厳禁とする】

朝礼台にち、引き締まった声で号令をかけているのは太田雄だった。 かつては監督の声に怯え、震えるで確認表にサインを迫られていた男の姿は、そこにはない。発破保主任の腕章を誇らしげに巻いた太田は、元の点検記録バインダーをしっかりと見据えて読みげた。

「――第採掘区画、湧量は比プラスマイナスゼロ。

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携帯型ガス検器による点測定、すべて正常範囲。……ただし、側側壁の支保付において、幅ミリ程度の微なクラックを確認しました」

列していた作業員たちがを澄ませる。太田は顔をげ、朝礼の脇にっていた酒井誠へ線を向けた。 「本部、装薬作業に入るに、午から坑内保係とともにクラックのさと歪みゲージの測定をいたいといますが、よろしいでしょうか」

酒井は頷き、を静かに挙げた。 「解した。所を記録し、確認が終わるまで装薬は待させてくれ」

「分かりました!」 太田はしだけ元を緩め、力く応じた。 かつてなら「作業を遅らせる気か」「寝言を言うな」と鳴りつけられたはずのさな亀裂の報告が、今や現を全にさせるための当たりの続きとして能していた。止めることは退ではない。止めて確かめるからこそ、誰もが胸を張って暗のへを踏みせるのだ。

朝礼が解散した、歳そこそこの若い作業員がおずおずと酒井のもとへ駆け寄ってきた。 「あの……酒井本部、しよろしいでしょうか」 「どうした?」酒井がを止めると、若者は申し訳なさそうに線を泳がせた。 「今朝、第区画の資材搬入で、いつもと違う甲い反響音がしたような気がして……。でも、気のせいかもしれません。

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作業を止めるほどのことじゃ……」

酒井は若者の張った肩に、温かくきなを置いた。 「気のせいかどうかを調べるのが、俺たち全統括の仕事だ。報告してくれてありがとう。すぐ係員を向かわせる」

若者の目から、目に見えて緊張が解け、い堵が広がった。「ありがとうございます!」とをげて持ちへっていくろ姿を見送りながら、酒井は自分がこのへ戻ってきた義を、骨の髄まで噛み締めていた。

昼休み、酒井は藤本栄作とともに、坑からしれた当たりの良い肌のベンチで弁当を広げていた。 「どうだ、誠。本社の『全統括本部』なんつう層な肩は、板についてきたか?」 藤本がたくあんをポリポリと噛みながら、からかうように笑った。

「名がすぎて、肩が凝るばかりですよ」酒井は苦笑し、魔法瓶から温かい茶を注いだ。 「主任のよりも、作業を止める責任が百倍に増えました」 「それでいいんだよ」藤本は目を細め、くの青空を見げた。 「おは昔から、現をめることより、止めることのみをってる男だった。だからこそ、あの、百の命が誰欠けずにに帰れたんだ」

雅史のそのについて、酒井が自らを傾けることはなかった。 会社からは懲戒解雇処分がり、期倒しに伴う役員賞や退職は全額剥奪。

酒井への逮捕監禁と傷害、ならびに鉱保法違反については裁判で執猶予付きの罪判決が言い渡され、業界から永久追放されたとの噂で聞いた。が失った位や名誉の末など、酒井にとっては些末な問題に過ぎなかった。の傲なを断罪することよりも、度と同じ過ちを繰り返さない現を作りげることの方が、遥かにだったからだ。

午、酒井は、第区画の坑へと続く緩やかな坂を登った。 かつて砂と巨岩で完全に埋没した坑は、次崩落を防ぐための頑丈なコンクリート吹き付け事が施され、現も厳にち入りが制限されている。崩落の奥くに眠る超品位の鉱脈は、質学の専たちによって慎に迂回採掘ルートの設計がめられており、無理な突貫事をう者はもう社内にもいなかった。

崩落現を見ろす台の岩肌のに、さな造りの祠が祀られていた。 あの崩落の、鉱で働く男たちが、自分たちの命を救ってくれたの神へ謝を捧げるために、現のをつひとつ積みげて建した祠だった。

酒井はいヘルメットを脱ぎ、両で抱えた。 夕暮れのが吹き抜け、作業の襟元を揺らしていく。

あの夜、に現れた黒蛇は何だったのか――。

過労と極限の緊張が見せた覚だったのか。 それとも、このに入り続けてきた己の無識が、岩鳴りや湧のわずかな異常から危険を察し、という形を借りて警告を発したのか。 あるいは、この奥羽のに古くから棲まう何かが、本当に自らの巣を守るためにのを求めて語りかけてきたのか。

酒井はその答えを、無理につに決める必はないとっていた。 切なのは、の正体を暴くことではない。 科学で説のつかない違を覚えた、それを嘲笑して切り捨てるのではなく、ち止まり、記録し、仲とともに確かめる謙虚さを持つことなのだ。

酒井は祠へ向かって、々とをげた。

「――ありがとうございました」

声にしたのは、その言だけだった。 しい巣の奥で、静かに息づいているであろう気配へ向けて、ので祈りを捧げた。

を征することなど、には永久にできない。 恐れるだけでも、傲に挑むだけでも、命を守る仕事にはならない。 岩の呼吸にを澄まし、数字を偽らず、仲とともに確かめいながら、を無事に終えて族の待つへ帰る。それこそが、職として自分が選び直し、涯をかけて守り抜くべきだった。

酒井はヘルメットを被り直し、顎紐をしっかりと締め直した。

夕が迫る事務所の窓には、仲たちが待つ温かいかりが灯っていた。そこには、もまた無事故でへ挑むための、しい全確認表が静かに待っているはずだった。

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