"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第1話
昭()、午分。 真の猛烈な陽炎がち込める神奈川県・軍のコンクリート滑に、発型輸送「バターン号」の輪がけたたましいタイヤスモークをげて接した。
タラップが取り付けられ、ゆっくりとかれたハッチの奥から、の男が姿を現した。 トレードマークのコーンコブ(トウモロコシの芯)パイプをくわえ、レイバンのサングラスを掛けた連国軍最司令官、ダグラス・マッカーサー陸軍元帥である。フィリピンでの屈辱な敗から余り、「アイ・シャル・リターン(私は必ず戻る)」の誓いを果たし、ついに敗戦国・本のを踏んだ征者の姿だった。
その歩ろに控えていたのが、元帥の副官兼専属通訳を務める青将、フォビアン・バワーズ佐であった。 戦、コロンビア学で古典を学び、伎や本美術を好して京に滞した経験を持つバワーズは、軍内部きっての「派」と目されていた。しかし、焦と化した横浜の並みをジープの窓から見つめる彼の差しは、酷くえ切っていた。
「見ろ、バワーズ。これが狂信な軍国主義のなれの果てだ」 部座席でパイプの煙をくゆらせながら、マッカーサーがく呟いた。 「京までのはかった。
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だが、これで全てが終わったのだ。の野蛮な神権国を解体し、真の文と民主主義を植え付ける。それが衆国と々に課せられた歴史使命だ」
「イエス、サー。総司令部の基本方針ですね」 バワーズはく応じた。
、京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号の甲板で伏文の調印式が執りわれ、本は正式に連国軍の占領統治(GHQ)に入った。 直から、GHQ内部では容赦のない戦処理の歯が回転し始める。 、GHQは條英元首相をはじめとする主戦犯名の即逮捕・拘禁を命令。條がピストル自殺を図り、血まみれで米軍病院へ収容されたニュースは、全世界に衝撃を与えた。
だが、ワシントンの連邦議会、そしてオーストラリアやソ連をはじめとする連各国の派が真に狙っていた獲物は、條ら軍部枢だけに留まらなかった。 、米院議会には『昭皇ヒロヒトを国際軍事裁判において戦犯として訴追し、最でも終刑、妥当ならば絞首刑に処すべし』とする決議案が提されていたのである。
旬の夕暮れ、第命館の最司令官執務。 分い報告に目を通していたマッカーサーので、バワーズは緊張した面持ちで直の敬礼をとった。
「元帥にご報告申しげます。宮内省の松平宗秩寮総裁、ならびに務省の連絡官を通じ、非公式な申し入れがございました」
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「何事だ」 「……皇ヒロヒトが、元帥との直接会見を希望しております」
マッカーサーのパイプをかすが、ピタリと止まった。
「皇が、私に会いたいだと?」
マッカーサーは眉を寄せ、子の背もたれにく体を預けた。 コーンコブパイプからちる煙の向こうで、元帥の鋭い青い瞳が値踏みするように細められる。
「件は何だ。政府の最関である終戦連絡央事務局を通さず、なぜ個な面会を求めてくる?」 「推測の域をませんが……」 バワーズは歩歩み寄り、声を潜めて答えた。 「おそらく、命乞い(Plea for his life)かとじます。ワシントンで皇訴追決議案が提されたことは、宮にも伝わっています。條以が逮捕された今、次は自らの番であると悟ったのでしょう」
マッカーサーの元に、笑が浮かんだ。 「敗戦国の元首なら、当然の振るいだな。ナポレオンも、カイザー(ドイツ皇帝ヴィルヘルム世)もそうだった。負けた途端に自己保にり、国民や部に責任を擦り付けて自らの首の皮枚を繋ごうとする無様な為政者を、私はこれまでの戦争で嫌というほど見てきた」
マッカーサーにとって、皇ヒロヒトは「世な現神の皮を被った軍国主義の最責任者」に過ぎなかった。フィリピンでくの部を失い、バターンのの報を聞いたから、本軍の残虐為の頂点に君臨するこの元首に対して、片の敬も持ちわせていなかった。
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