"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第2話
「元帥、会見をお受けになりますか? もし拒絶されるのであれば、交ルートを通じて淡に通告いたしますが」 「いや、会おう」 マッカーサーはパイプのを真鍮の皿に叩き落とした。 「ただし、ここ第命館の総司令部へ呼びつけるのは得策ではないな。敗戦国の元首とはいえ、何千万もの本国民がいまだ神と崇めている偶像だ。公衆の面で屈辱を与えれば、狂信な残党による暴やゲリラ戦の引きになりかねん。……赤坂のアメリカ使館公邸で、非公式かつ極秘裏にう」
「イエス、サー。武士のけというわけですね」
「けなどではない、統治の計算だ」 マッカーサーはちがり、京の焼け野原を望する窓辺へと歩み寄った。 「自らの命を救ってくれと懇願し、保の条件を提示してくるれな男の姿を、この目で確かめてやるまでのことだ」
バワーズは敬礼し、執務をにした。 戦、伎の台に魅せられ、本の礼節や文化の奥さをっていたはずのバワーズでさえ、このばかりは「所詮、現神の化けの皮もここまでか」と、ややかな侮蔑のを禁じ得なかった。 神聖侵を謳われた本帝国の頂点につ男が、の軍事司令官のにを垂れ、自らの命を救ってくれと乞い願う――その屈辱な瞬を、通訳として目撃することになるのだと確信していた。
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しかし、彼らはまだらなかった。 自分たちが抱いていた傲な予断が、に完全に砕される運命にあることを。
、午分。 の気配が忍び寄る赤坂の旧アメリカ使館公邸の正を、黒塗りの皇専用(メルセデス・ベンツ)が静かに通過した。
エントランスので待していたバワーズ佐は、元の計に線を落とした。会見予定刻の分。遅刻はおろか、分の狂いもない正確な到着だった。 が止し、警庁の先導からりった皇務官が部座席のドアを恭しくく。
りったのは、仕ての古びた黒のモーニングコートにを包み、にシルクハットを携えた昭皇だった。 付き従うのは、宮内省の通訳官である奥勝蔵ただ。護の兵の姿も、豪奢な装飾品も切ない。 皇の背筋は微かに曲がり、の激務と痛を物語るように、その表は酷く緊張し、蒼だった。歩みをめるごとに、膝が微かに震えているのが見て取れた。
「(モーニングにシルクハットか……)」 バワーズはので毒づいた。 「(自ら最位の礼装をにまとい、へりくだることで元帥の嫌を取るつもりか。れな化の命乞いのためのれ着だな)」
当然のことながら、最司令官であるマッカーサー元帥自らの迎えなどない。
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勝者が敗者を待たせるのは、軍事占領における絶対な主従関係を示す鉄則だった。
バワーズは事務な敬礼をし、形式な英語で告げた。 「元帥閣がお待ちです。こちらへどうぞ」 皇はさく頷き、静かにをげた。
公邸階の応接。な絨毯が敷き詰められた部の央で、マッカーサーはあらかじめ演された傲さをもってっていた。 ネクタイを締めず、軍の第ボタンをし、パイプをにしたままの平。国の元首を迎える国際儀礼など図に無した、あからさまな「征者と被征者」の演だった。
部にを踏み入れた瞬、皇はち止まり、くをげた。 マッカーサーはパイプをくわえたまま、く唸るような声でをいた。
「お目にかかれて栄です、ヒロヒトさん。ダグラス・マッカーサーです」 『ユア・マジェスティ(陛)』という国際儀礼の最敬称を完全に排除した、ただの民に対する呼びかけ。 隣につ通訳の奥のが、屈辱に震えた。
しかし、皇はじなかった。 穏やかな、だが芯の通った本語で、こう名乗ったのだ。 「私は、本国第百代皇、裕仁です」
奥がそれを訳した瞬、両者のにが散るような沈黙が落ちた。 会見に先ち、米軍の公式記録員によって枚の写真が撮された。
のマッカーサーが腰にを当てて傲にち、その隣で、元帥の肩ほどの背丈しかない皇が直でを見据えている、あの歴史な枚である。
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