"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第4話
……しかし、どうかお願いしたい」
皇はちがり、マッカーサーの目ので、直角にいい礼を捧げた。 その声に、初めて魂を絞りすような切実な響きが宿った。
「本の罪なき国民は、飢えと戦禍に苦しんでおります。どうか、国民に罪を負わせないでいただきたい。私のはどうなろうと構わないから、国民がこれ以飢えに苦しまぬよう、連国の温かい配慮を賜りたいのであります」
静寂。 針本落ちても聞こえるほどの、絶対な沈黙が応接を支配した。
バワーズは、帳を握りしめたまま息を止めていた。 を疑った。 命乞いではなかった。 自らの保のための密談などでは断じてなかった。 この男は――本帝国の現神と呼ばれた男は、自らの命を、自らの首を、敗戦によって飢えにしようとしている何千万の国民を救うための「引き換えの担保」として差ししに来たのだ。
マッカーサーの指から、がポロリと絨毯のに落ちた。 百戦錬磨の老元帥が、微だにせず、目のの柄な本を見つめ続けている。 その青い瞳の奥に、かつて戦でも見せたことのない、激しい精神の揺がっていた。
予定されていた分は、とっくに過ぎていた。 分、分。 誰も言葉を発することができない異様な空ので、やがてマッカーサーは、く、いため息を吐きした。
広告
そして、誰もが予だにしなかったにたのである。
マッカーサーはちがると、自らテーブルを回り込み、をげたままの皇の正面へと歩み寄った。 その顔から、あの傲な征者の笑は、完全に消え失せていた。
「……陛」
マッカーサーのから、確かにその言葉が零れ落ちた。 『ユア・マジェスティ(Your Majesty)』――国元首に対する、最位の敬称。
「お顔をおげください。……貴方の仰ることは、よく分かりました」
元帥のきなが、皇の細い肩をそっと抱きとめるように添えられた。 バワーズは戦慄した。 あの尊で、統領にすらをげないことでられたダグラス・マッカーサーが、敗戦国の元首に対して、からの畏敬を込めてをげたのだ。
しかし――このの裏で、会見の内容を盗聴し、密かに本国へ送しようとしていた「もうつの」がしていたことを、このの彼らはまだる由もなかった。
会見は、予定の分を幅に超過し、分に及んだ。
な応接の扉が内側からかれた、で待していた憲兵や副官たちは、自らの目を疑った。 当初の計画では、部ので軽く握を交わして見送るはずだったマッカーサー元帥自らが、皇の半歩ろに従うようにして廊を歩いてきたからだ。
「陛、本は誠にありがとうございました。
広告
わざわざお越しいただいたことに、く謝申しげます」 マッカーサーの調は、極めて丁で、親のに満ちていた。 「閣、おを取らせてしまい、恐縮にじます」 皇がをげると、元帥は自らみて、エントランスの階段をり、待していたメルセデス・ベンツのドアをそのでけたのである。
連国軍最司令官が、敗戦国の元首のためにのドアをけ、が赤坂の坂をって見えなくなるまで、直の敬礼で見送る――代未聞の景だった。
公邸へ戻る内。 興奮を抑えきれないバワーズは、助席から振り返り、部座席で腕を組んで黙するマッカーサーにわず問いかけた。
「元帥……体、で何があったのですか? 皇は、命乞いをされたのですか?」
マッカーサーは窓の京の並みをじっと見つめたまま、く、噛みしめるように呟いた。
「バワーズ。私は今、で最のを覚えている」
「……ですか?」
「そうだ。陛は、自己保の言い訳を私に切なさらなかった。文武百官の責任、国民の罪、その全てを自らに引き受け、『自分のはどうなろうと構わないから、国民に糧を与えてほしい』と、刑を覚悟してをげられたのだ」
マッカーサーの拳が、膝ので固く握りしめられた。
「かつて世界史のいかなる敗戦国の元首が、自らの命を投げして民を救おうとしたかね? ナポレオンか? ヴィルヘルムか? いや、もいない。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 0 -
完結第14話
旅館に残された姉
「修平の合格通知は、お父さんに見せてはいけない」 昭和43年、母は長男の大学合格を三日間隠し、私に命じた。 「あなたが弟を連れて、入学手続きを済ませてきて」 父に逆らってでも弟の未来を守ろうとする母を、私は初めて頼もしいと思った。 けれど、その夜。 母が父へ放った一言で、私の喜びは消えた。 「芳子が残れば、旅館は何とかなります」 私は十五歳から五年間、厨房、掃除、配膳、帳場まで無給で働いてきた。 それでも両親にとっては、すべてただの「家の手伝い」。 弟には外へ出る道を作り、私にはその穴を埋めさせるつもりだった。 私は自分が担ってきた仕事と、代わりの人を雇った場合の人件費を一枚の紙へ書き出した。 「家族だからって、私の仕事がただになるの?」 父はその紙を丸めて捨てた。 一か月後、私は旅館を出た。そして数年後、経営に行き詰まった父が私を迎えに来た時、同じ紙をもう一度差し出した。時代|歴史|昭和2.1万字5 0 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 0 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 0