"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第7話
占領統治の崩壊をしていた。
「許できない。止させろ」 マッカーサーが酷に命じたその、机のの内線話が鳴った。 相は、宮内次官の松平慶民だった。
受話器のスピーカーから、松平の震える、だが決して退かない声が響いた。 『……元帥閣。陛は、こう仰せになっております』
『国民は、私のために族を奪われ、を焼かれ、飢えに苦しんでいる。彼らに直接会って、私のからからの詫びを伝え、励ますことができるなら、私が半ばでを投げられ、命を落とそうとも本望である。……それが、き残った私の唯の義務なのだ、と』
執務に、再び苦しい沈黙が落ちた。 マッカーサーは受話器を握りしめたまま、窓のの皇居の森を見つめた。 自らの命など、最初から勘定に入っていない男の覚悟。
「……バワーズ」 マッカーサーはく呟いた。 「秘密裏に、第軍の憲兵隊(MP)と報部を総員しろ。皇のく先々に最精鋭の潜入警戒員を配置する。……ただし、姿は決して見せるな。あの男が、自らの命を懸けて民衆のにつというのなら――勝負を見届けてやろうじゃないか」
昭、朝。 護の米軍ジープが巻きに見守る、皇居の正から、台の黒塗りのがゆっくりとりしていった。 半、総移距万千キロに及ぶ、代世界史例を見ない「裸の元首の巡幸」
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が、ついに幕をけたのである。
昭、午。 皇の巡幸の最初の目は、米軍の激しい無差別爆撃によって徹底に破壊された業都・神奈川県川崎だった。
見渡す限りの赤錆びたトタン根と瓦礫の。 焼け焦げた鉄骨が墓標のように突き刺さる濘のを、折れに古いチャコールグレーのオーバーコートを着た昭皇が、靴を履いて歩いていた。
巻きに警戒していたバワーズ佐は、ジープの内から双鏡を覗き込み、臓が凍りつくような緊張をわっていた。 沿には、黒のだかりができていた。 煤まみれの顔をした労働者、を失った傷痍軍、赤ん坊を抱いたやせ細った母親たち。その数は数千、数万に膨れがっていた。 米軍の警護部隊は、マッカーサーの命令通り、群衆を刺激しないよう数百メートル方に待している。もし群衆が暴徒化し、斉に襲いかかれば、皇を守る盾は何つしなかった。
「……殺されるぞ」 バワーズの隣にいた米軍憲兵の軍曹が、拳銃のホルスターにをかけながら呟いた。
皇が歩、労働者たちの群れのへみた。 群衆の最列にいたのは、旋盤を焼かれ、油まみれの作業着を着た頑固そうな初老の職だった。その目は鋭く、敗戦へのりと絶望を剥きしにしていた。
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皇はち止まり、自ら子を脱いだ。 そして、そのだらけの職に向かって、々とをげたのだ。
「が焼けて、変だったね。……苦労をかけました」
職の体が、ビクリと直した。 皇は職のゴツゴツとした、油の染み込んだを、自らの震える両でそっと包み込んだ。 「体は丈夫ですか。……本の復興のために、どうか力を貸してください」
職の顔が、激しく歪んだ。 りの表が崩れ、その目から粒の涙がボロボロと溢れし、油まみれの頬を黒く濡らしていった。 職はそのに崩れ落ちるように膝をつき、濘のに両を突いて号哭した。
「へ、陛……! 滅相もございません! わしらは、わしらは負けとりません! この腕で、必ず本を建て直してみせます!!」
その瞬、鳴りのような歓声が、川崎の廃墟を揺るがした。
「皇陛万歳!」 「万歳! 万歳!」
号ではなかった。みの投でもなかった。 それは、絶望の底に突き落とされていた国民が、自らの痛みを分かちおうとする元首の姿に触れ、再びきる力を取り戻した瞬の、魂の叫びだった。
皇は群衆のひとりに声をかけ続けた。 「あっ、そう」「寒くはないかね」「子供たちを頼みますよ」 器用で、飾り気のない、けれど溢れんばかりの慈に満ちた言葉。
双鏡をろしたバワーズの目が、く潤んでいた。
「信じられない……」 軍曹が呆然と呟いた。
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