"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第10話
「あの御を踏みにじり、戦へと突きんだのは々軍部だ。責任を問われるべきは、この條英で分である! ……陛を法廷に引きずりそうなどという浅ましい真似は、直ちにおやめいただきたい」
キーナンは息を呑んだ。 刑を目にした男の、片の揺らぎもない忠誠と覚悟。 かつてマッカーサーので「全責任は私にある」と語った皇と、今、自らの命を差しして「全責任は自分にある」と言い切る元首相。 この国の精神構造は、な「責任の擦りい」の論理など遥かに超越した、侵の絆で結ばれていたのだ。
キーナンは無言でちがり、取引文を自らので破り捨てた。 「……條被告。君の証言を、そのまま法廷記録に残すことにしよう」
巣鴨プリズンをたキーナンの胸には、戦慄と、敗に似た奇妙な敬が渦巻いていた。
昭。 半に及んだ極国際軍事裁判の最終判決がされるが訪れた。
法廷内の気温はく、苦しい静寂が満ちていた。 裁判ウィリアム・ウェッブが、千百ページに及ぶ判決文の朗読を終え、主文の言い渡しに入った。
「被告・條英……絞首刑に処す」 「被告・板垣征郎……絞首刑に処す」 「被告・松井根……絞首刑に処す」
次々と読みげられる刑宣告。 條は鏡をし、静かに礼して判決を受け入れた。
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そして――判決文の全編を通じて、昭皇の名が被告として呼ばれることは、ただの度もなかった。 マッカーサーが本国へ送り続けた力な見、キーナン首席検事の訴追見送り、そして何より、條ら軍部首脳が自らの命と引き換えに貫き通した証言によって、皇の法な訴追は、最終に国際社会によって公認されたのである。
判決の翌、マッカーサーはバワーズ佐を伴い、第命館の執務で極秘の報に署名していた。 宛先は、トルーマン米統領。
『本の皇を起訴せず、象徴として維持した判断は、占領政策における最の勝利であった。もし彼を処刑していれば、が軍は今頃、本列島全で数万規模のゲリラ討伐戦に巻き込まれ、アジアにおける共産主義の防波堤は完全に崩壊していただろう。皇こそは、この国の最の定装置である』
署名を終えたマッカーサーは、窓辺にち、さく息を吐いた。 「バワーズ」 「はい、元帥」 「あの男は……神であることをやめたのではない。国民の苦しみをに背負うことで、より真の『民の父』となったのだ」
しかし、法な危を脱した本を、今度は未曾の経済危と「飢餓の」が襲おうとしていた。
昭()初。 戦争の爪痕は依然としてく、国内からの引揚者数百万を抱えた本列島は、極度の糧難に喘いでいた。
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害による米の凶作。配制度は完全に破綻し、国民の推定千万以が餓の危に瀕していると試算されていた。
京の野駅には、飢えと凍えでき倒れた戦災孤児や引揚者の体が、毎朝トラックで運びされていた。
宮内庁の官で、昭皇は側からその報告を受け、くを垂れた。 そのの昼として差しされた麦飯と汁菜のお膳を、皇は静かに押し戻した。
「国民が飢えに苦しんでいるに、私だけが温かい事を摂るわけにはいかない。今から、私の事も国民の配量と同じにしなさい」 「陛! それではお体が保ちません!」 医師団が必に止めるのも聞かず、皇は自らのの摂取カロリーを国民の最配基準まで切りげさせた。
そして、再び赤坂のアメリカ使館公邸。 皇は、マッカーサーとの度目の会見に臨んでいた。
「元帥閣」 痩せ細り、頬のこけた皇が、々とをげた。 「かつて、最初の会見において、私は私のはどうなろうとも、国民を飢えさせないでほしいとお願い申しげました。……今、その危のが来ております。どうか、国民を救うため、アメリカの余剰糧を本へ送っていただけないでしょうか」
マッカーサーは、皇のやつれた顔を見つめた。 そのの袖には、丁寧に継ぎ当てが施されていた。
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